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2008-03

腹下し

腹を壊した。
1年ぶりぐらいの下痢じゃねえか?
原因の心当たりはなかったが、いつもと違う事をしたのがココア。
買ってきて忘れてたのを思い出して、前夜に飲んだのだ。

ココアで? と不思議で、賞味期限の確認をしたところ
期限はセーフだが、パッケージに “食物繊維入り” と書いてある。
そうひどい下痢ではないので、多分これが原因だろう。
しかし “お通じが良くなる” を通り越して、下痢とは

ココア、恐るべし!!!

腹をグルグルいわせて寝込んでいると、友人から電話があった。
お土産を持って来ると言う。
で、「食べたかったんでしょー?」 と、持ってきたのがギョウザ。

そりゃ確かに以前、「こんだけニュースでギョウザギョウザと
連呼されてると、むしろ食いたくてしょうがなくなるよなー。」
とは言った。
しかし今日の電話で、「腹を壊して寝ている」 と言ったじゃん。
ついさっきの会話 < 数日前の会話 かよ???

「腹を壊してるんだけど・・・」 と言ったら
「大丈夫、食えば治るよー。」 と、かわされる。
こういうヤツって結構いるんだよな。
腹を壊した時は食って出し食って出し、をして治すという荒療治。
医学的には、吸収率の高い水分だけ摂る、ってのが正解なんだが
こういうヤツは本当に食って治すから、どうした人体の不思議なんだか。

ギョウザって、殺人属性の隠しステータスでも持ってんのかよ?
と、間の悪い登場にものすげえ不安になったが
まあ、食物繊維によるお通じ良すぎなわけだし、と
自分を励ましつつ、真昼間っからギョウザを食ったけど美味かった。

しかし、食った後に腸がキリキリ痛んできた。
私の場合、下痢の後はガスがたまり易く
そのせいで腸がキリキリ痛む傾向がある。

屁をこけば良いんだが、下痢の時って
“空砲を撃つつもりが実弾だった” みたいな悲劇になりかねんので
気軽に屁もこけんのが辛い。

と言うか、上品な乙女が “下痢” だの “屁” だの
書き連ねるのは、一体何の羞恥プレイかと
そっちの方が私の人生的に問題じゃないかと思うんだが
何かもう、そこらへんは放棄しても良いかな?

友人は、私の下痢の理由を聞いて
「じゃ、毎日ココアを飲もう! 便秘気味なんだ。」
と、豪快な宣言をして帰っていった。

・・・・・おめえ・・・・・
腹が痛くて弱ってるヤツに対して、言い残すセリフがそれかよ?

昔の知人

昔の知人の、思いがけない来訪は、嬉しいものである。

が、悲しい事に、そのほとんどが
「マルチじゃないのよ、うちは」
「皆が幸せになれたら良いと思わない?」
「実は今困っていて、いくらか都合してくれない?」
このどれかだと疑わざるを得ない現状である。

兄から電話があった。
「おまえ、XXって知ってるか?」
「うん、知ってるよー。 マルチの会社だよね。」
「えっ・・・」
「有名じゃないから知らない人も多いけど、そこマルチだよ。
 ○○や△△と一緒。」
「物は良いのか?」
「ふっ・・・(鼻で笑う)、“ナチュラル” はマルチのお題目で
 『うちのは完全に安全』 とか、こぞって言うけど
 ロクに研究結果も出してないような会社が何を言う? って感じ。」
「ああ・・・そうなんか・・・」
「・・・?・・・ で、そのマルチがどうしたの?」

いつもと違って、歯切れの悪いシドロモドロな様子に
聞くと、母の焼香に来た昔の知人が、隣にいるらしい。
「えええーーー、どうしちゃったの? 立派な人だったのにー」
「電話、かわるか?」
「いや、マルチを信じ込んでいるような人とは関わりたくない。
 お茶を濁して追い返したら?」

と、実はここではとても書けないほどの酷い言葉を言って電話を切ったが
どうにも兄の事が気になって気になって寝付けず
翌朝、電話を掛けてみた。

兄は、しょうがないので数品買ったそうな。
「マルチの品を買う事は、マルチに加担する事と一緒だよ。
 そんなん、夢から覚めるのを先延ばしにするだけじゃん
 さっさと引導を渡してやればよかったんだよ。」
と、とことん罵倒しまくってあげた。

兄は、ちゃんとネットで調べてみた、とか言い逃れをするが
「何で検索した? ああー? それじゃ手ぬるい!」
と、検索方法にまでケチを付けられ、もう、兄珍しくコテンパン。

て言うか、それほど心配だったんだよ。
身内に強欲系や信者系がいると、せんでいい苦労をするわけじゃん。

しかも今回勧誘に来たのは、大昔の恩人で
当時はちゃんとした人だったのに、何で? というショックが大きく
ものすごく怒りを覚えた。

うちの実家は、こういうマルチ知人がほんとよく来てて
亡き両親は、しょうがなく商品を買っていた。

でもその根底には、哀れみの気持ちがある事を知れ。
マルチで買わなきゃ入手できない物など、何ひとつ存在しないんだよ!
何で普通に売り買いできん?

マルチなどやってるヤツは、何の言い分があろうと
私も “気の毒な人” と見下すね。
人間関係どころか、昔の良い思い出までブチ壊してくれるマルチ、滅びれ!

おにぎり

ここ1年ぐらい、昼飯はおにぎりである。
前の晩の夕食用のご飯を多めに炊き、おにぎりも作っておくのだ。
お昼は食べない事が多かったのだが
おにぎりの簡単な握り方を発見してからは
夕飯がパスタ系じゃない限り、翌日の昼飯はおにぎり。

おにぎりで何が面倒くせえかっちゅうと
ボウルを2個用意し、片方に水、もう片方に塩を入れるとこ。
しかも、くそ熱いご飯を素手で握らなきゃならず
手の平がヤケドする事もしばしば。

簡単な握り方とは、テーブルにまずアルミホイルを引く。
その上にラップを重ねる。
ラップの上に、ご飯を乗せる。
塩をご飯にふりかけ、ご飯をひっくり返してまた塩をふる。
で、ラップでご飯をくるみ、おにぎりの形に握る。
おにぎり状になったら、ラップを開き
そのままおにぎりをホイルの上に転がし、ホイルで包む。

手も汚れないし、ボウルもいらない。
熱そうなら、ラップの上でご飯をちょっと放置すれば冷める。
ものすげえ手抜きだけど、便利。

ただ、これは何故だかわからないけど
素手で握り込んだ方が、塩や胡麻のなじみが良い。
どうしても、おにぎり自体の味がちょっと落ちる。

とは言っても、私のおにぎりの技術は最低なので
少々の味の劣化など、ものともしない。

以前にも書いたが、私はおにぎりをキレイに握れない。
三角形風味の指型のついた楕円? みたいな形になってしまう。
練習の意味もあって、昼飯おにぎりに挑んだのだが
1年経っても、見事なぐらいに進歩なし。

コツがわかれば出来るはずなんだが
どういう部分でつまづいているのかがわからないので
解決のしようがなくて困っている。

ところで、コンビニのおにぎりについて気付いた事がある。
常々コンビニおにぎりはゲロまずだと思っていたんだが
それはご飯自体の不味さの他に、もうひとつ理由があった。
握り方が圧縮されすぎなのだ。

私的には、ふんわり握ったやつが好きなので
あそこまでギュウギュウ固めてあると、「餅かよ?」 と思ってしまう。
これは完全に個人的な好みなのだが
今はああいう固いおにぎりが好まれるんかな。

上で、塩塩連呼してたので、「具は?」 と思われるだろうが
塩のみ、加えるとしたら胡麻ぐらいが好きなので
おにぎりに具はいらないのだ。
白米LOVE! だもんで、むしろいらん味付けが憎い!!!

あっ! 今気付いたが、売ってるおにぎりって
粘りの強いコシヒカリ系だよな。
うちのおにぎりはササニシキ100%なんだ。
なるほど、こういう米の特性も、おにぎりの固さに関係してくるんかも。
って、そんな微妙な違いが私にわかるとは思えんがな。

でも冷静に考えると、使う材料がまったく同じなら
ドヘタな私より、コンビニの方が美味いおにぎりを作るような気がする。

はあ・・・、もうおにぎり修行、挫折しようかな・・・。

もてなし料理の質問

何か食い物の話になると、皆の喰いつきが良いのは気のせいか?
てか、普段の内容がレス出来るようなシロモノじゃないもんなあw

よし、孤独を感じたら、食い物ネタにするぞ!
と、決意したけど、そもそも食い物に興味が薄いし
ものすげえネタ切れ確定なんで、意味ねえよな。
あーあ、孤独続行かあー。

と、同情を引いたところで (引けたかあ?) 質問。

 Q.人が作った料理を食えるか?

食えなきゃ外食できねえだろ、という話だが
特殊な状況下においての話。

 ・ 散らかってる家で出される飲食物
 ・ 年寄りの作った料理
 ・ おにぎりとか、素手で握るもの
 ・ 汁物
 ・ バーベキューなど野外での調理
 ・ 皆で囲む鍋

これらはちょっと食べたくない、というのを今までに耳にしてきて
潔癖症気味の私だが、鈍くさいせいで気にしていなかったのに
気付かされて、洗脳されそうなんだ。

確かにこれらには清潔感がない、っちゃあ、ない。
まな板が黒くなってる家も、実際に見た事があるし
鍋など、食い方がジュルジュル汚いヤツがいたら
不潔じゃなくても、そいつが突付いた鍋から食う気がしなくなる。

ハエがたかったり、車がそばを通る場所での野外料理も
何かやだなあ、と思う。
「こんなん、テキトーにすりゃ食えるよ」 とか言って
グチャグチャに調理する、“漢らしさ” を勘違いした
自称豪快な俺様、なんていたら最悪だぜ。

“年寄り” というのは、差別的に感じるだろうが
これは経験してるかどうか、のような気がする。

実際にうちのかあちゃんも、年を取ってからは
茶碗の洗い方もザツになって、それを責める兄と
よくケンカになって、キッチンの主権争いをしていた。

それに昔の人は、物を捨てられずに賞味期限を無視する。
その無視の仕方がグレートで、何日単位じゃなく
物によっては年単位でオーバーしてたり。

私は飯を作って貰ったからには、文句を言わずに食ってたけど
実家で飯を食う時には、覚悟を秘めて挑んでたよ・・・。

自分ちでもこうだったから、他人ちでの食事って
人それぞれ思うとこってあるんかな、と興味があるんだ。

にしても、自分ちで飲食物を出すって、すげえ緊張しないか?
食器はキレイに洗ってても、ヘタレとかくるし
スプーンなんか、どうしても傷が入ってしまうよな。

客専用の食器の収納スペースがないんで、もてなしも
普段使いの食器になっちゃうのが困るんだが、気にしすぎだろうか?

携帯電話の電池

携帯電話を携帯していなかった以前の私は
365日24時間、充電器に置きっ放しで
固定電話のように携帯電話を扱っていた。

この習慣をえらく非難されたので、何とか持ち歩くようにはなったが
家にいる時は、やっぱり充電器に置きっ放し。

ところが、これも電池には良くないらしい。
充電器に置きっぱは、まだ良いが
充電しつつ電話を使うと、電池が発熱していらん負荷がかかるとか
詳しい説明は忘れたけど、とにかくそれを聞いて以来
真っ当に携帯電話を扱うように努力した。

前機種では、こういう生活を続けていたので
私は満タンの電池ゲージしか見た事がなかった。
今機種になってから、初めて残り2とか残り1を目撃して感動する。

と言うか、電池の異常で修理に出したわけで
修理に出す前は、「いきなり何で残り1?」 とかなってたんだが
修理から戻ってからは、多分普通に電池が消耗してると思う。

しかし電池残量の表示、あれおかしくねえかあ?
最近はアラーム機能も使っているので
起きた時に電池残量を確認して、満タンだな、と思った途端
着信が入り、その着信音で電池残量が残り2に。

で、電話に出て、10分ぐらい話していたら
ピーピーか、プップッか、音が鳴り出して
何だ? と驚いて表示を見たら、電池残量が残り1で
慌てて充電器を接続して、通話を続けたよ。

他の状況から考えても私の感覚では、電池残量の1メーターって
満タン >>>>>>>>>>>> 残り2 > 残り1
こういう配分にしか思えないんだが、携帯電池ってこれがデフォ?
それともW52Tの特殊仕様?

充電器に置いて、充電状況をチェックしてたら
置いてすぐ、残り2から満タンになったけど
充電完了の合図まで2時間近く掛かったんだよな。

あ、でも、電池残量に関わらず、充電にはいつも2時間は掛かるんで
充電時間は関係なしかな。

もしこの感覚が正解なら、残り2になったら
電話が使いものにならないんだけど
ゲージが満タンでも、毎日充電すべきなんかな。

ちなみに、昨夜充電完了したばかりの携帯を
大雪の日に持って出掛けたら、残り2に減っていて
「電池がねえから写真なんか撮れねえんだよ!」 と、怒り表示が。
おめえ、何を勝手に減ってんだよ! と、こっちが怒りたかったわ。

寒いと、電池ってマジで無意味消耗すんのな。 驚いたぜ。
お陰で都会の雪景色が撮れなかったよ・・・。

本屋の怪

ちょっと落ち込んでいる時に本屋に行った。
雑誌をチェックしていると、横で男性が叫んでいる。

「おばさん!」

よくこの静かな本屋でそんな大声を出せるよな
しかもある種の女性が聞いたら不愉快な単語をよー!
とイラッとしつつ、一瞥もせず、雑誌をめくっていたのだが
男性は 「おばさん」「おばさん」 と、しつこく叫ぶ。

・・・それは私には一切関係ない状況だよな?
てか、対・私だったとしても、絶対に振り向かんぞ?
落ち込みも手伝って、いつも以上にピキピキし始めた瞬間
何度目かの 「おばさん」 の呼び声で
その男性の側に駆け寄った人物がいた。

目の端をよぎった姿に違和感を感じ、振り返ったら
せいぜい小学低学年の女子が、叫んでいた男性と手を繋いでいる。

え? その子を呼んでたんじゃないだろ? と思ったが
さっきまで大声で 「おばさん」 連呼していた男性が
その女子に向かって、「おばさん、今日新刊出てるけど」 と
また大声で言いつつ、2人でマンガのコーナーの方に歩いていった。

男性は30代、女の子は7~9歳ぐらい。
どう見ても親子なんだが?????

“伯母さん”“叔母さん” というのは、確か親の姉妹を言うよな。
あの二人の場合、一体どういう状況だとそれが成立するんだろう?
親の再婚で・・・とか、あれこれ考えたが、思いつかない。

それか、あの男性には関係なく、女の子が叔母さんになる状況があって
それを茶化して、「おばさん」 と呼んでいるのか?
とも考えたが、誰が関わろうが、“その人の親の姉妹” が
絶対条件なので、ありえないよな?

血縁関係の正当な呼称じゃなかったら
あの男性は単に我が子の事をおばさん呼ばわりしている父親で
それが冗談だったとしても、あんな人前で大声で叫ぶなど
頭の中身を疑いたくなるわけで。

あっ、女の子が 「おばさん」 と聞き間違えるような名前なのか?
おばさん・・・おがさん・・・ほださん・・・ うーん・・・
あんだけ近くで連呼されたので、まさかの私でも聞き間違えはねえぞ。
てか、そういう名前だったら、そっちの方が生涯色々と問題じゃねえ?

まったく無関係なのに、何かグルグル考えてしまった翌日に
またまた別の本屋に行った。
そこは初めて行った本屋で、まだ夕方だったので人はまばら。

男性誌をチェックしていたら、隣でしゃがんで本を読んでた男性が
いきなりゼイゼイ言い始めた。
一瞬、発作か? と思い見たら、そこはエロ本コーナーで
男性が読んでたのは、雑誌のAV紹介ページ。

慌ててその本屋から脱出した。
何かムチャクチャ恐かったんだよーーーーー。

だって、まずあんな公共の場で素で興奮するのか?
しかもハードなエロ本じゃなく、AVの広告だぞ?
てか、どういう興奮をしたら、あそこまでハアハア?

店の前でどうしたもんか悩んだけど、ハアハア言ってるだけで
別にこれといった店開きも発火作用もしてなかったし
再び店内に入る気にもなれず、そのまま帰った。

店員さんに言うべきだったんだろうか、とモヤモヤ・・・。
本屋、色んな意味でデンジャラスゾーン!

旅行

私は旅行が嫌いである。

その理由のひとつは、ガキの頃の家族旅行にある。
かあちゃんが旅行好きなので
我が家は、毎年1週間の日程で家族旅行を開催していたのだが
昔気質のヤツは欲深いのか、そのスケジュールが超ハードだったのだ。

行き先も、「○○地方に行く」 というアバウトな視野に基づき
例えば東北地方なら、岩手、秋田、宮城、山形、福島の5県
(かあちゃんの嗜好で何故か青森は無視された)
四国なら4県全部、各土地の主要な名勝地を
1週間で走り回るという、修行レベルの強行軍。

京都と奈良は別格らしく、2県行き来で済んだのだが
ほとんどの神社仏閣を巡りまくり、一体どういうお遍路かと思ったぜ。

お陰で北海道と青森以外の、全国に行ったわけだが
ガキというのはな、特に頭の弱いガキはな
短期間に大量に情報を与えると、片っ端から全忘れするんだよ!
行った場所など、ほぼ記憶にねえよ。

「娘 (私だ) の見識を深めるため」 という崇高な目的など
まっっったく意味がなかったわけだ。
というか、その理由は単なる後付けだろうけど。

こういう経験上、私の記憶では旅行は苦行も同然なのである。
この家族旅行にまつわる面白い逸話もあったはずだから
思い出したら、潜伏に書こうと思っているが
一向に思い出さないのは、無意識に記憶を封印しているのかも。

もうひとつの旅行嫌いの理由は、必需品の多さにある。
兄は中バッグひとつで1ヶ月ほど、どっかにフラッと行くが
私からしてみりゃ、服はどうすんの? 靴は? な上に
お手入れ用品が多すぎて、ミニ容器に詰め替えをしても重い。

なくなったら買い足せばいいと思うだろうが
化粧品、デカいぞ? ボトル1本増えるんだぞ?
売ってる場所が限られてる物もあるんだぞ?
悪い事に、環境が変わると肌荒れしやすくなる可能性もあるんで
旅行中に別の化粧品を使うのは恐いぞ?

お手入れだけじゃなく、これにメイク道具まで加わると
まるで夜逃げするかのような、見苦しい大荷物になる。
メイクコスメは詰め替えられないし
1回のメイクで使うブラシは最低5本はいるし
これにスポンジやパフも必須。
(不器用なのを道具でカバーせにゃならんのさ。)

よって、泣く泣くメイク道具を極力省くので
旅行中はオシャレ心のないババアの風貌でさまよわねばならない。
旅の恥はかき捨て、と言うが
これは、あえて恥を晒しに行く、って意味じゃねえよな。

まあ、冷静に語ると、メイクをしてもしなくても
そう変わりはないのだが、自己満足が満たされないのがイヤ!

ここを満足させようとすれば、荷造りがおおごとで
もんのすげえ面倒くさいし、移動も大変になるので
旅行自体を敬遠するようになるのは、自然の摂理である。

そんな旅行嫌いな私には、旅番組の存在が理解できない。
飯屋紹介などのグルメ番組も、同様にうっとうしいのだが
旅番組に関しては、最近ちょっと許せるようになってきた。

多分、多くの視聴者は旅番組を観て
「へえ、こんな面白そうな名所があるんだ」 やら
「こんなにキレイな所に行ってみたい」 やら思うんだろう?
日常から離れて、夢を見たいっちゅう心理とやらか。

実は最近、私もそういう心理に目覚めたのである。
霊スポット突撃のビデオを観て
「へえ、こんな面白そうなとこが」「行ってみたい」
と、ワクワクする事に気付いた。

これは、「何か出るかも」 という意味が違う高揚感と
混同しちゃっているのかも知れないが
旅番組を好む人の気持ちがちょっとわかった気分である。

もちろん、呪われるのがイヤなので、実際には行かない。

余談だが、旅番組で紹介される場所は、虚構が多いぞ。
現実には、大してキレイでも面白いとこでもない。

“場所” にもカメラ写りが良いってのがあるもんだなあ、と
知ってる所が紹介される度に思うもん。
TVの構成って凄い技術だよな。
あれ、実際に行ったら、時間のムダ! と思うに1000点。

私の感覚が狂ってる可能性もあるが (てか、それがビンゴだろうが)
これもあの家族旅行の賜物かも。

振り返る

人は振り返るものだと思っていた。
後から追い越して、振り返る人が結構いるからだ。
自分ではそういう事はしないので、その心理がわからなかったが
私がナイスバディだから、振り返るようである。

さて、これだけなら目出度い話で
私も思う存分、自慢話をしまくれるのだが
いらん縛りが付いてくるのが、私の救われない宿命。

振り返った人の中には、ニヤッとするヤツがいるのである。
これこそ意味がわからんので、気にしてなかったのだが
ある日友人と歩いている時に、これをされた。

その途端、友人が激怒し始めた。
「今の何? 信じられなーーーい!」
怒るような事だったんか・・・、とボンヤリ思う私に友人は更に続ける。
「いつもああいう事をされてるの?」
「うん、たまに・・・」
「ええーーーっ、ひどいよねー、可哀想にーーー。」

可哀想な事だったんか!! と、友人のその反応に大ショックを受けた。
つまり、後から見て、すげえ美人に見えて
追い越して顔を確認して 「プッw」 だな?

ああーーー、ナイスバディ1本やりだと、こういう弊害があるんかー
と、思わぬ落とし穴に愕然とされられた。

これ以来、振り返って笑っていくヤツには、心の中で
「どうもすいませんね・・・」 と、詫びている。
よく考えると、謝る必要など1mmもないんだが
実際に褒められたツラ構えでもねえし
“期待したのに肩透かし” されるのも辛いもんだろう、と
全方位高飛車になりきれない、私の小者ぶりを露呈。

ちなみに、振り返って笑う、というのは男性特有のリアクション。
女性は振り返って、どう思おうが無表情で前を向く。
上から下までじっくり見るのも女性のみ。
やっぱ女性はチェックが細かいけど慈愛もあるよな、と思う。

ところで、最近様子が変わってきた。
振り返られるのは一緒で、関西では特にブシツケに凝視されるのだが
振り返って 「プッw」 がなくなった。
代わりに、何となく気落ちされてるような雰囲気があるのだ。

これもどういう変化か、わからなかったのだが
ある時、後から左右2人ずつ、10代の男の子4人が
同時に追い越し、同時に振り向き
同時に目が悲しげになったのを見て、理解できた。

以前は、「何だブスかよ」 だったのが
今や、「え? ババアなの?」 になったのだ!

うわああああああああああああーーーーーーーっ
そう言えば確かに “男子” には、ババアのナイスバディ意味なし!

これはほんと申し訳なく思ったので
それ以来、振り返られてガッカリさせた時には
「すいません、ほんとすいません」 と
前にも増して、腹の底で土下座している。

どこまで低姿勢だよ? と思われそうだが
幸いにも面と向かって、「ブス」 だの 「ババア」 だの
罵倒された事はないので、それだけでもありがたがらにゃな。

ただ、落ち込み気味の時にこれをされると、ほんと精神的にキツい。
後からだけでも美人なのを誇るべきかも知れんが
天狗になるにも、膨大な気力がいるんだよっ。

正直、個人的な失望を本人に伝達しないでもらいたいわ。

切れない包丁

今、何が不便かっちゅうと、包丁が切れない事である。
熊本にいた頃は、和包丁を2本持っていて
交互に金物屋さんに砥ぎに出していた。

金物屋さんに聞いた話を書くけど、大昔の事なので
何か微妙に間違ってるかも知れんので、話半分に聞いてほしいが
包丁には大まかに分けて、和包丁と洋包丁があるそうな。

和包丁には鋼が入っているので、砥石で砥げる。
この鋼が包丁の横幅半分ぐらいまで入っているのが
いつまでも砥ぎで切れ味が続く良い包丁。

洋包丁の方は、鋼が入ってないのでセラミックとかの
砥ぎ棒みたいなんで軽く撫でるだけでいい。
ただし良い物でも、切れ味は和包丁に比べ格段に鈍い。

熊本時代は、マイネーム入りの和包丁で
しかもプロに砥ぎを頼んでいたので、そりゃもう切れに切れた。
TVショッピングのデモのように、スッパンスッパンいく。

あまりに切れるので、つい調子こいて
水で戻すのを億劫がって、干ししいたけを干しのまま切ったら
ものすげえ刃こぼれしてしまった事があった。
のこぎりかよ? というほど。(しかも欠けた破片見つからず)
干ししいたけの硬度おそるべし!

それで金物屋さんに砥いでもらいに行ったら
仕事関係の人とバッタリ会って、何故ここにいるのか訊かれ
「干ししいたけを切ったら刃が欠けた」 と、素直に事実を言っただけで
大爆笑され、ほんと建築関係のツボはわからんよな、と憮然としたが。

だから切れを考えると、断然和包丁なのだが
いかんせん、“砥ぎ” がとてつもなく難しい。
包丁はすぐ切れ味が落ちるので、こまめに砥ぐべきで
いちいち金物屋さんに出かけてもいられないので
荒めと細めの砥石を2種類用意し、自分で砥いだのだが
これが、やってて砥げているのかすらわからない。

えれえ気の遠くなるような地道な作業をせにゃならん割には
シャコシャコ擦っても、どこがどう変化してるのか、さっぱりである。

とりあえず、自分なりに細心の注意をはらいつつ砥いだが
砥ぐ前と切れ味が何も変わらず、しょうがなく金物屋さんに行ったら
いらん事をすると直しが大変、みたいに責められ
これは私には向いてねえなと、2本目を追加で買った次第。

今の環境では、砥いでもらえるとこが近所にないので
洋包丁と砥ぎ棒を買ったけど、初手から切れない。
もちろん砥いでも切れない。 何か余計に切れない。
あの和包丁と比べるから悪いんだろうが
それにしても、ここまで切れないもんかあ? と不思議である。

冷静に考えてみれば、ズッコンズッコン物を叩き切って
砥ぎ棒でガシガシ擦って、これで切れてりゃ世話ねえんだよな。
包丁の側面全体が、砥ぎ棒で傷だらけだし
何? そのザツさは、って感じ。

あっ、洋包丁を使ってて、良い事がひとつあった。
野菜の皮むきとかしてて、爪に当たってもガスッと途中で止まるんだ。
爪に切れ目が入るだけで済むんで大助かり。

和包丁の時は、爪スパーーーッといって
ヘタすりゃ指先の肉まで持っていかれてたし。

切れない包丁ほど、いらん力が必要になるのでケガが多いらしいけど
やっぱ切れるやつの方が傷も深いぜ。

私にはこの鈍器のような刃物がお似合いなのかも、と自虐的な気分も。

ババアのファンデの落とし穴

ファンデにとっては、ババアの毛穴こそ落とし穴なんだが
今回はそういうムカつく話ではない。

厚塗り熟年女性が多い原因は、もしかして
ファンデの進化についていけてないからではないか?
と、自分の化粧法の荒さも照らし合わせて、疑ってみた。

私の記憶では、昔は確かファンデはクリームタイプばかりだった。
そこでアメリカのマックスファクターが、映画の撮影のために
崩れにくいケーキタイプのファンデーションを開発したのだ。
このケーキタイプは、水で濡らしたスポンジでファンデを塗るのだが
ファンデ表面が堅くて、ゴシゴシこすらないとスポンジに取れないほど。

そして80年代だったと思うが
世界初のパウダーファンデを開発したのは、コーセーで
その後の資生堂の 「メイク23秒」 のCMで
パウダーファンデが一般に広まった・・・ような?
ここらへん記憶があいまいなので、正確ではない。

ケーキタイプは、スポンジを水で濡らすので
その手間と衛生面 (濡れたスポンジを持ち歩くと菌の温床になる) で
不便だったのを、水なしで塗れるというところが大ヒットした。

しかしこの時代のパウダーファンデも、今のと比べたら堅かった。
と言うか、他のタイプのファンデ全般も堅くノビが悪かった。
クリームでもリキッドでも。
理由は当然のごとく、技術が発達していなかったからだが
とにかく昔は、一生懸命に塗らないと
伸びない乗らないファンデばかりだったのである。

私はメイクを覚えたての頃は、若くてピチピチしてたとともに
ギトギトしてたので、ケーキタイプを愛用していたが
やはり水使用が面倒になり、パウダータイプを試したけど
当時のパウダーファンデは、伸びが悪い上に崩れやすく
メリットを見出せなかったので、ほとんど使わず
若くてピチピチなのに、クリームタイプに移行した。
同じ伸びの悪さでも、指で塗った方がまだムラにならなかったからだ。

だからパウダーファンデは、サンプルぐらいでしか縁がなく
いまだに塗り方のコツがわからないのだが
現在のパウダーファンデは、昔とは別物だという事はよくわかる。

保湿成分もたっぷりで、リキッドやクリームとそう変わらないレベルだし
何よりプレスが柔らかく、肌の上での伸びも良い。
つまり、昔の要領でファンデをスポンジに取ってたらゴッソリとつき
それを顔に乗せたら、当然のごとく厚塗りになる。

よく見かける厚塗り熟女は、ほとんどがパウダーファンデである。
そりゃあもう、パッと見ただけでわかる。
ファンデが容器からそのまま顔に移動されてるだけだから。
プロには、どこのメーカーの何番かもわかるんじゃねえ?

人間、慣れとクセはなかなか抜けないもので
30代以降になったら、いくら保湿面で進化してても
パウダーファンデは禁忌の品。
そう忠告しても、慣れない形状の物には手を出しにくいし
ましてやラクな方法から、面倒な方法には変えたくはない。
この調子で、現在の化粧品を昔のやり方で使っているのであろう。

1度カウンターに行って、メイクをしてもらえばいいと思うが
ヘアメイクさんにメイクをしてもらってる女優でさえ
プロの仕上げ後に、自分で重ね塗りをしてしまう人がいると聞くから
年を取ると、助言は受け付けなくなってしまう場合もあるようだ。

私は元来ザツな性格なので、気をつけてても
肌を荒く扱ってしまうクセが抜けずに困っていて
ついついファンデも一生懸命に塗ってしまう。

今のファンデは、一生懸命に塗ると逆に効果が発揮されないので
軽くテキトーに扱うのがコツである。

これは化粧品全般に言える事で
アイシャドウもチークも口紅も、昔とは違い
伸びも乗りも持ちも質感も、段違いに良くなっているし
そのアイテムの持つ意味も変わってきているので
常に勉強をしないと、時代に取り残されてしまう。

こういう姿勢は、あらゆる事に関して当てはまるが
脳みそは広げて見せて歩けるわけではないので
赤の他人には、思考の劣化は気付かれにくい。

でも隠せない顔が古臭かったら、自ら「頭固いんです」 と
言って回っているようなものだから、大恥だぞ。
お互い、精進しようぜ。

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