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2006-05

乾燥の季節

年中で3月末~4月いっぱいが最も乾燥する季節だと感じる。
これは女性なら皆実感しているであろう。
男性に “乾燥” はわからないかもしれんが
毛穴が開く、ニキビができやすい、唇の皮が剥ける
など、乾燥の目安になるので、チェックしてみ。

何故、毛穴やニキビが乾燥と繋がるのか?

 空気が乾いてくると、肌の水分が蒸発しやすくなる
   ↓
 肌の細胞が、肌を厚くしてバリアを張ろうと新細胞生産を頑張る
   ↓
 皮脂腺は油膜でガードしようと脂をガンガン出す
   ↓
 頑張る細胞のせいで肌の生まれ変わりサイクルが崩れ
 角質層の一番表面の、はがれ落ちるべき角質が肌に残り
 それが毛穴をふさぐ。
   ↓
 そこに皮脂腺が出しまくる過剰な脂がたまる。

この流れで、脂と角質の固まった “角栓” というものができ
毛穴を押し広げたり、ニキビになったりするので
性別に関係なく、肌の保湿は必要なのだ。

この乾燥をどうやってケアするか?

男女ともに、基本は洗顔。
ちゃんと顔を洗っているヤツは、洗わない。
朝だけぬるま湯で流す程度にする。
または乳液をコットンにたっぷりつけてふき取る。
つまり、石鹸洗顔を減らすorしない、って事。

普段からまともに顔を洗っていないヤツは、逆にきっちり洗う。
手の平を逆さにしてもたれないぐらいに、泡立てネットで立てた泡を
顔中に乗せ、肌と指の間に必ず泡がある状態で優しく優しく
指の腹で小さい円を描くようにクルクル動かす。

ようするに、何ひとつ変えないのなら、自然治癒に頼るだけだが
悩むのなら、いつものやり方を変えるべきなのだ。

次に女性の場合。
これは、今までのお手入れでは追いつかない、って事だから
使用化粧品を見直すか、1品増やす。
(ただし、乾燥していつもより敏感になってる可能性もあるので
 変更の際は、サンプルでパッチテストをして慎重に)

1品増やすのは、もちろん保湿系アイテム。
美容液が手っ取り早い。

ビタ一文、金を使いたくないぞ、とか
手順なんて面倒だから変えたくねえよ
とかいうバカアマにも救いの手を。

いつもの使用量を増やす。
化粧水を手に取り、肌をじっくり押さえる。
これを3回以上繰り返す。
コットンを使うなら、枚数を2倍にする。

美容液や乳液、クリームは、乾く部分だけ重ねづけ。
その後、手の平で顔を覆って数十秒。
ラップを貼っておくのもいい。

ひとつひとつの手順を、意識して丁寧にするだけで、肌は変わる。

男性の場合は、アフターシェイブローションはやめる。
てか、男性用化粧品の使用は一切やめる。
アルコールだのメントールだのごっそり入っているものが多いからだ。
何で化粧品メーカーって、男性用はテキトーなんだろうな。  

代わりに、1品だけなら乳液を加える。
オリーブオイルや馬油、スクワランオイルとかでも可。
適量を乗せた手の平をこすりあわせ、その手で顔を包むだけ。
最初は量の加減に注意して、自分の適量を見つけるように。

もちっとやってもいいよ、って感心なヤツは
化粧水と乳液orオイルで完璧だな。
マジで乾燥に悩んでいるヤツは、女性レベルのお手入れをしよう。

もちろん、使用する化粧品も女性用ので。
どこで買ってもいいが、購入する際の注意点は、匂いを確かめる事。
必ずテスターをクンクン嗅いで選ぼう。
この匂いが理由で使えない化粧品って結構多いぞ。

乾燥対策のコツは、洗顔と化粧水である。
保湿ってのは、いかに水分を肌内部に留めるかという意味だ。

洗顔はするかやめるか、肌状態で判断して
化粧水はとにかくたっぷり、肌に入る限界まで。

何かトラブルが起きたら、まず自分のやり方を見直すこと。
自然治癒は、肌に関しては10代前半までなら放置もいいが
大人の場合、肌がボコボコになる、シミが残る、たるむ
といった後遺症が、かーなーらーずー付いてくる。

放置=自然、ってエコ思想は、トラブルがない時限定。
動物界でも絶滅危惧種を放置してたら、マッハで消滅だろ?

初手から投げ出すと、汚ねえエコババアになるぞ。
言い訳を考えるヒマがあったら、とにかく対応せえ。
1秒でも、手で肌を覆ってあげろ。
それでダメでも悔いなしだ。

自画自賛の心理

「誰も褒めてくれんから自画自賛する」 との言い分で
ここで自画自賛を繰り広げている私だが
よく思い返すと、結構褒められてるんだよなあ。

だけど、ブティックの店員さんや、すれ違った人に褒められても
(一応これは今回の自慢ネタだから ↑ そのつもりで)
ちっとも嬉しくないのである。

自画自賛をしている部分を褒められたら
自分の主張が肯定されたも同然で、喜ばしいはずなのに
これは一体どういう事なんだろう?

じゃあ、褒められて嬉しい場合があるか? と、考えてみた。
嬉しい時のシチュエーション、相手・・・
友人知人彼氏だと、状況に関係なく嬉しいなあ。
逆に嬉しくないのは・・・親戚、顔見知り程度の人、見知らぬ人。

あっっっ!
と、ここで謎が解けた。

嬉しくない相手とは、褒められて 「だろ? だろ?」 と
おっかぶせて自画自賛をできない相手なのだ。

つまり私は、自画自賛する材料は何でもよく
有頂天になって高笑いしている自分が好きなのである。
これは我ながら、ヤな嗜好かも・・・。

ここで思い当たる事がある。
そういえば、付き合う上でも、私は自信家を好んでいる。
「私なんか・・・」 と言うヤツは
謙遜にしろ本心にしろ、うっとうしい。
聞いてて暗い気分になる言葉を言うな!

この自信家、男性、特に彼氏に多い。
女性だと、付き合う相手にはつつましやかに見せたがるが
男性というのは、自分を大きく見せたがるからである。

不思議な事に、この自信の対象は自分限定でないとならない。
車や装飾品や身分を 「すげえだろ」 と言うのはダメ。

金持ちなら、お金が沢山ある事を誇るのではなく
“こんだけお金を儲けられる自分” を威張ってほしい。
多分、自分を物で代用するのは小せえ、という感覚か?

人よりほんのちょっと優れた部分など、誰でも持っていて
別にそれが世界一じゃなければならないわけではないので
大いに高飛車になってほしいもんだ。

威張って逆襲されるのは、上映時間が頻繁でしかも長すぎるか
実がない思い込みをネタにしているからである。
自画自賛も程度問題って事だ。

私はしょっちゅうここで自賛しているが
何も逃げる相手に追いすがって叫んでいるわけじゃないので
まあ、よかろう、と、増長しているのさ。

通販トラブル

最近、ちょっとした問題が起こった。

とあるとこから、飲料水を通販しているんだが
年契約というのがあって、前払いで
1年間決まった数量を毎月お届け、というので
2年目からはゴールド会員で、割り引きされるシステムだ。
私は12本入り1箱を、毎月1箱ずつ1年という契約。

この割り引き制度は 「長年愛飲してくださるお客様のために」
という名目である。

以前は実家で一緒に注文してもらってた私には
充分に資格があると思うんだが
その時の契約者名は母か兄で、私だけ関西に来たんで
それまでいくら飲んでても、新規という事で契約してくれ
と言われ、1年間だけ割高な値段に戻ってたのである。

ま、これはしゃあない。
実家の注文量は明らかに減っただろうが
名義が物を言うので、大人しく従ったさ。

途中、営業電話が掛かってきて、追加はどうか? と言われる。
ま、飲むのでいいか、と思い、言われるままに頼んだら
振込用紙が入ってきた。

そこでは黙って振り込んだが、次に営業電話が掛かってきた時に
「12か月分前払いをしてるので、前倒しにできるならいいけど」
と言ったら、そういう手続きをしてくれ
また1箱余分に送られてきた。

その時に、「年契約は前倒しをしたので、早まって○月までとなります」
という確認はした。

で、年契約更新時に、以前前倒しをしちゃったので、1年経っていず
次の年契約も、普通料金だと言われ、愕然とする。

「そういう説明があれば、前倒しをしなかったんですが
 どうにかなりませんか?」 と、訴えた。

後日、再び電話が掛かってきて、やっぱダメだと言われる。
しょうがないので
「じゃ、1年になるまで単体で注文して
 ゴールド会員の資格ができたら年契約って事はできますか?」
と、提案したら、それならオッケーとなった。

この話、何かおかしくないかあ?

まず、年契約が、ひと月1箱に価値がなく
何箱取ろうが、あくまで期間厳守ならそういう明記をするべきでは?

更に前倒し注文の時に、説明すべきでは?

以前から愛飲しているし、営業電話の説明不足とか
こっちの状況を把握したのに、この1か月が足りないだけで
1年間、また通常料金って容赦なさすぎじゃねえか?

客の立場を考えているのなら
私の出した解決策ぐらい、そっちが先に提案べきじゃねえか?
「1年経ってないから通常料金で」 のみ押しやがって。

この会社、TVCMもしている会社である。
“健康にいい水” って触れ込みで
しかも割に安いので注文してたんだが
これ以上モメるんならもうやめよう、と思ったさ。

こういう “健康” を売りにする会社は
結構、妙な方向性なのが多く
この会社も少々ヘンだとは思ってはいたが
「少々」 だけで、そう激しくもないので、気にせずにいたが
水の味が途中で変わったのが怪しいんだよな。

てか、もう、1年更新予約したんで遅いんだが。
ネットで他のとこをボチボチチェックしようと思っているけど
頼んでみたらマジでヘンだった、ってのが面倒でなあ。

やっぱ、私のトラブル処理は大甘か?

白いカレー続報

白いカレーの残り半分を作ってみた。
比較のために、材料は前回と同じ。

1箱の指示量は、水は750ccで
仕上げの時に牛乳を300cc入れて5分煮る。
使うルーが半分なので
前回は400cc弱の水と150ccの牛乳だったが
今回は牛乳抜きという事で、約500ccの水のみ。

結果は・・・・・うめえ!!!!!!!!!!!

牛乳を使ってない分、前回より辛かったが
辛さに塩味がなく、スパイシー。

乳臭さがないか、じっくり味わったが
この白は何の白色なんだ? と、疑うほど、乳製品の味がしない。

何でこれに牛乳を入れろと言うのかが理解できん。
入れんと別物のように美味いぞ。

今度からうちのカレーはこれにする。
でも、これに他の普通のルーを混ぜるとどうなるんだろう。

それに不安がひとつ。
味がしないとは言え、乳成分が入ってるんだろ?
それって翌日とか食えるんか?
このルー、量が多いんで、半分でさえ一日じゃ食い切らんのだが。

ともかく前回、営業妨害のように文句を言ったが
ぜひ皆、食ってみてくれ。
“白” に意味はない。 普通のカレーだ。
ただし、牛乳抜きが大原則!

ついでにギョウザの話。
(何でカタカナかと解説すると、変換を押すとこうなるだけ。
 面倒なので、そのまま使っている。 深い意味はないのだ。)

ギョウザはお店では食うけど、自宅では作った事はなかった。
結婚して、ギョウザにチャレンジしてみようと
料理本通りにマジメに作ったのだが
出来上がりは、具が何か苦臭い?感じで不味うーーー。

さんざん文句をたれてくれた当事の夫に
「じゃ、おめえが作ってみい」 と、後日作らせたところ
それも似たような不味さ。

何かの材料が不味いと思われるが (最有力容疑者はごま油)
地道に研究すりゃいいものを、ブチ切れて邪道に走るのが私。
以来、私製ギョウザは、ギョウザじゃないものになる。

その “私製ギョウザ” の作り方。

1.牛ミンチ肉 (ここで既にギョウザじゃない) をゴマ油で炒める
2.具を加えて更に炒める
3.そこにしょう油orソース、酒をたらし、炒め混ぜる。
4.これをギョウザの皮で包む
5.油で揚げる

もう、具に濃い味がついているので、食う時のタレは必要ない。

さて、これはギョウザだろうか?
「ギョウザの皮で包めば何でもギョウザだろ」
という強引な解釈での成果だが、食ってビックリ、だな。

春巻きの時も、作り方どころか食った事すらないので
わけわからず、かといって調べるのも面倒くさいので
この手法で押し通した。 (じゃ、作るなっての)
多分シュウマイもこの姿勢でいくような気がする。

元々、中華料理はあまり食わないので作れない。
出来上がりの写真でも見れば、想像で近いものは作れる自信はあるが
味までは想像できないので、それは別物になるだろう。
ただでさえ中華の調味料はよくわからんので
(豆板醤って、あれ何? どんな味?)
“中華料理の形をした洋食” になるのは間違いなしだな。

オイル

美容目的のオイルには、大きくわけて
植物性、動物性、鉱物油がある。

鉱物油とは、ミネラルオイルとも表記され
石油が原料のオイルで、代表的な物はワセリン。
皮膚科で出される塗り薬の基材にも使用されている。

この 「石油から」 ってだけで毛嫌いするヤツがいるが
石油も自然物だし、精製する過程が合成だと言うなら
植物性も動物性も全部合成なので、とても的外れ。

化学処理をしてない物の方が、美容的にはよっぽど危ない。
顔に生卵を塗ってみい。 みるみる腐るだろ。
酸化防止剤とか保存剤の方が、まだ刺激がないと思うんだが。

オイルを美容に使う目的は、肌の水分の蒸発を防ぐために
蓋の役目として、お手入れの最後に塗る。

オイルにこれ以上の機能を求めるのは、間違いだと思う。
たとえばオリーブオイルの有効成分を作用させたいのなら
オリーブエキス入りの化粧品を使うべきで
オリーブオイルを直で塗っても、有効成分の効能は期待できない。

何故なら、オイルは肌に浸透しないからである。
(てか、浸透するのなら蓋にはならない)
わずかに浸透する部分もあるのかも知れないが
それは微々たるものだと思う。

これは科学的根拠ではなく、私の実感からである。
次に力説するのも同様。

オイルでも、植物性と鉱物油は、まったく肌に入っていかない。
オリーブ油、椿油、シアバター、ワセリンなど。

何故こう思うのかというと、ハンドクリームで実感するからだ。
植物性オイルが主体の物を使っていると
手の皮膚がだんだんシワっぽくなってくるのだ。

手はハンドクリーム1品に頼るので
その商品の効果がダイレクトにわかる。

ヘタに植物性の自然派などを使うより
いわゆる合成バリバリの化学物質を塗ってた方がキレイになる。

ただし、動物性オイルは、この限りではない。
動物性は、思い出す範囲では、馬油、ラノリン (羊)
スクワレン (鮫)。 (他、うさぎとかもあるらしい)

動物性オイルは、油のくせに不思議に浸透する。
100%の商品は、馬とスクワレンしか知らない。
ラノリンは成分としてチマチマ入っているのをよく見る。

馬油を使った印象では、浸透するので
水分蒸発防止の蓋にはならない。

私の現在のオイルの結論としては
単品でそれだけに頼るというのは、効率が悪い、と見なす。
あくまで、お手入れの補助として取り入れるべきだ。

クレーマークレーマー

友人知人が思う、“私の七不思議” のひとつに
暴れ馬のような性格なのにクレームを付けない、というのがある。
「何でそんなに甘いの?」 と、言われるほどである。

どうしても困った時には、友人知人に
「どう思う?」 と、お伺いをたて
「それは即クレームだろ、言え、言え!」 と
せかされないと、動かない。

んで、言う時も、「恐れ入りますが・・・」 と
あくまでも低姿勢。

これは意外だろ?

何故かな、と、自分でも不思議なので分析してみた。
こういう時に良い答が出たためしがないが、今回も相変わらず。

つまり私は、不当な扱いを受ける、不良品を掴まされる
そういうので “自分が損をした” という感覚が薄いのである。
とても目出度い脳構造である。
だから、クレームを言うにも、言葉が出てこない。

それに、トラブルが起きるとまず
「自分が悪いんかな?」 と、思ってしまう。
私じゃなければ、こういうトラブルは起きないんじゃないか? と。

何かえれえ弱気だが、自分の常識にとことん自信がないのだ。
そんな私が、働く人をわずらわせてはいけない、と、思ってしまう。

こういうヤツは、ひとりで泣き寝入りしとけ、って感じだが
ちょっと知恵がついてくると、思い出してムカつく事もあるので
やはりどっかで支障は出ているもんだ。

この前のトリビアでやっていたが
料理に髪の毛が入っていたらどうするか?

1本2本ならありえるし、しょうがない。
「取り替えて」 と頼んでも、髪の毛だけ取って出されるかもだし
さっさとよけて食う。
会計をした後で、「気を付けてね」 と言うかも知れんが
飯屋の厨房なんて、何をどうやってるかわからんもんだ。

ただし、客から厨房が見えるつくりで
シェフが鍋に指を突っ込んで味見をしていたら、即、席を立つ。
「汚い!」 との感想付きで。

つまり、見えない所で何をしてようが
こっちの心身に異常が出なければいい、といった
ズサンな心構えなわけだ。

愛想が悪い店員にも怒らない。
「何かあったんかな」 とか、いらん同情をする。

 (ただし、客を怒りまくる店主のいる店は許せない。
  これもある種のプレイかも知れないので
  わざわざ行ってケンカは売らないが
  たまたまそういう店に入ってしまったら
  ひと口も食わず、金を払って出る。

  サービス業じゃねえだろ、そんな店。
  商品さえ出せば良いとか考えているヤツには
  それこそ金さえ出せばいい。

  何で料理へのこだわりが客への罵倒に繋がるんだよ
  認めねえぞ、そんな頑固さは。)

“サービス” ってのは、される側にもする側にも掛かる言葉である。
両方が相手に敬意を払って、初めて成り立つのだ。
どこぞの演歌歌手の 「お客様は神様です」 ってのは
サービスする側の、謙虚な姿勢の大げさな表現であって
客はそれを真に受けて、自分を神認定してんじゃねえぞ。

って感覚かな。

神奈川5人遺体発見事件

神奈川5人遺体発見事件
この事件、私の琴線に触れず、まったく興味がない。
だが、こんだけ連日連夜TVでやってりゃ、イヤでも耳に入ってくる。

今時こんだけ悪評が高い容疑者も珍しい。
アンド、これだけインタビューに応える身内も珍しい。
容疑者の実母なんか、各局相手に一体何回喋ってるんだ?

これが、何かの信念のために喋るのならわかる。
が、この母親、恨みつらみを言いまくるのである。
自分の子供から直接話を聞いていないのに
犯人だと、殺人者だと決め付けて、己の不幸を嘆く。

どんなにロクでもない子供でも
人殺しまではするはずがない、と、思わんのか?
一片の疑問もわかないのか?

もう、これだけで容疑者の家族関係が良くなかったと想像できる。
あの母親もまともには見えんよ。

自殺した男性の母親もしかり。
息子の死に対する悲しみが見えないほど
息子をたぶらかした女への怒りや
自分を裏切って出て行った息子への恨みを語る。
だからあんな目に遭うんだと言う。

このふたりの母親の気持ちはよくわかる。
誰だって、そう思う部分はあるだろう。
だが、カメラの前で言いまくる人は少ない。

どんな事件でも、我が子が起こしたのなら
親の自分が無関係だとは思えないからである。
必ず、「自分の育て方に問題が・・・?」 と、悩む。
そして多くの人は、自分を棚上げするのは恥だと知っている。

この容疑者は、TVで悪女悪女と評されるが
もし悪女ならば、もっと計算高くやってねえか?

というのも、男性の選び方が悪女には思えないのだ。
本当にNo.1ホステスなら、もっと条件の良い男性を捕まえんかあ?
この女、単に “断れない女” じゃなかったんか?
そういうヤツって、割に後先考えないんだよな。

それに、娘を殺した事だけ自白して、あと黙秘ってのもヘンだよな。
この容疑者、すげえ大ボラ吹きな見栄っ張りだったんだろ?
そういうタイプはお喋りで、黙秘するどころか
死人に口なしで、自殺した男性に罪をかぶせてもおかしくない。

こんだけ多くの関係者が喋りまくる中
大ボラ吹きと言われる容疑者だけが沈黙をしているのに
すんげえ違和感を感じる。

私が推理するに、この容疑者は自殺した男性をかばっている。
この容疑者は実は、情の深い女だったのではないか。

なぜならば、子供の遺体を常に側に置いていたからである。
子供の遺体など、大人のより処分はラクだ。
さっさとどっかに捨てれば済むのに、わざわざとっておくのは
一緒にいたかったのではないのか?
こういう感覚の女性なら、男性をかばうであろう。

男性が自殺した理由は、色んな説が当てはまるだろうが
自分が容疑者の娘を殺しちゃった、というのも考えられる。

・・・・・ああ、興味ない事件の推理はつまらん。
もっとブチあげようと思ってたが、途中で面倒になってきたぜ。
少ない情報での予想だから、外れている気もするし。
ということで、いつもの途中放棄。 すまんのお

ところでさ、容疑者の母親の青森弁
さっぱりわからんと思わんか?
ここまで理解できんとは思わんだったよ、まるで外国語だ。

と、思いつつ聴いていて、ふと気付いた。
青森弁って韓国語と響きが似ている!

語尾の 「○○だー」 のイントネーションとか
全体的にガチガチする発音とか
ボソボソ喋るのに、語感ひとつひとつはカックンカックンしてるんだ。
角のある音というか。

これは何でだろう???
他の東北弁も似た響きなのか?
韓国から移民してるのなら
九州弁の方が韓国語に近くなるのが自然じゃないか?

うーん、これが最大の謎だ。

人の意見

私はしょっちゅう、人に 「どう思う?」 と聞く。
事ある毎に聞いている。

この問いで欲しい答というのはない。
ただ、その人の意見が聞きたいのである。

この、人の意見というのは
非常識でズレている私にとって、社会生活の生命線にも等しい。

これから先の自分の考え方の参考になるし
人がどう感じるかを知る事は、思いやる心に繋がる。
そういうのが “勉強” だと思ってる。

だから皆、私に “自分の考えを言う” という親切をしてください。

しかし、そうやって “勉強” をしているはずなのに
何でいつまでたっても常識が身に付かないのかがわからない。
いや、微妙に付いてるのかもしれんが
自分の常識への不信感が脳裏に根付いているんだろうな。

でも、私は世界一の常識人になっても
人に 「どう思う?」 と、問い続けるだろう。

人の物の考え方というのは、実に面白いからだ。
自分とは相容れない意見でも、その人の個性がとても興味深く
宝物を見せてもらっている気分になる。

と書いてて、これってパンツを覗き見する変態に似てるんじゃないか?
という疑念がわいたが、違うよな?

こういう私が相談を受けた場合、ちょっと悩む。

私は、相談=意見を聞く なんだが、そうでない人もいる。
賛同してほしいとか、慰めてほしい、後押ししてほしい、など
人は “相談” という言葉に色んな意味を詰め込むからである。

私の場合は、目的がはっきりしている場合は、それを言う。
「慰めろ」 とか、「安心させろ」 とか
相手が 「解決策を考えるべきなんじゃないの?」 と、言っても
「今はそういう気分じゃねえ。 いいから私を落ち着かせろ」
と、ゴリ押しをする。

動揺してる時にあれこれ考えても、良い案は出ねえもん。
とりあえず、心の平穏を取り戻すのが先決だろ。

友人たちは、私のこういうところを
「手間が掛かる」 と、困っているみたいだが
慣れればオッケー! (← ?)

こんな単純バカが 「この人はどういうつもりで相談してるんだろう」
と、人の心理を探っても、まず99%的を外している自信があるので
相談を受けた時には、とにかく自分の意見を言う。

なんか、ほとんどの人は 「ただ話を聞いてほしい」 というのが
“相談” のようなんだが、ちゃんとそれを伝えんなら
私にはわからんし、そもそも、私に相談するって事は
ズバズバ言われて構わんという覚悟があるんだと解釈する。
優しくされたいなら、優しい人を選んで相談するだろ。
私のところには、生け贄になった気分で来ーーーい!

相談された内容は、できるだけ客観的に見る。
ただし、それは私が得る事ができる情報の範囲である。
知り合い同士で揉めてる場合でも
私は相談しているヤツの情報だけで判断する。

相談するヤツは、当然主観で説明するので
それは事実とは違う場合もあるかもしれんし
相談者が知らない、気付いてない事もあるかもしれん。

真に公平に判断するには、当事者全員の話を聞くべきだが
私は、私に話を持ってきたヤツに一生懸命になるだけだ。

たとえば、AとBがケンカをして、Aが相談に来る。
Aの話では、Bはひどいヤツに思えても
それはそのケンカの場合限定で、私とBの関係には何の影響もない。

相談に来たAの意見だけで判断して意見を言うが
一方的な話をされたくないなら、Bも私に言いにくればいい。
そしたら、公平に考えるだけのことだ。

相談ってのは信頼関係なので
私は、私を信頼して話にきてくれたヤツに必死になる。
頼まれでもしない限り、“聞き込み捜査” はしない。

書いていて気付いたが、ほんと目の前の事しか対応してないよな。
しかし自分の能力では、これが精一杯じゃないかと思う。

私が仲裁に入ると、余計にグチャグチャになるだろうし
そもそも私に相談しても、厳しい事をビシビシ言われるので
ある意味 “敵” みたいなもんじゃねえのか?

てか、この “厳しい” というのは確信犯ではなく、第三者の評価。
「よく、あんな事を言えるね」 と、言われ
「言ったらまずい事だったんか?」 と、驚くパターンが多いので
多分、私はきついんだろうな、と、素直に受け取っているのだ。

でも、きつい事を言う、言われるのって、愛だと思う。
もちろん逆切れオッケーで、それも情愛の儀式のひとつじゃねえか?

読み返して思ったが、私に友人がいるのが不思議だよな。
いや、どこがどうなのかはわからんのだが
全体的な雰囲気で何となく自分への疑問がー。

連休中のわたくし

ゴールデンウィーク中、電車男の再放送を観ていた。
1回目の放送は、2回ぐらいしか観てなく
実際のスレに出てない人物が多く登場してて
よく話がわからなかったのだ。 (今回も数話見逃したが)

ひとつ、いや、山ほど言いたい。
何でドラマの登場人物は、人の話を最後まで聞かない?
電話ブチ切りとか、話の途中で帰るとか
こんなん現実じゃありえんだろう。
それをやってるから、状況が益々ややこしくなるんだよ!

自分が言いたい事を言い終わっても
「何か言いたい事はある?」 と、相手に聞け。
それが最低限の礼儀だ!

それに、どうでもいい事で見栄を張ったり、隠し事をしたり
そんなんで付き合っても、後どうするんだよ。
恋愛ドラマでやってる駆け引きなんか、実際には誰もやらねえよ。
なあ?

などと、個人的にイライラしつつ、連休は掃除片付けに専念した。
ひとりホラー祭をするには、借りられた本数が少ない。
だけど、人ごみの中にお出掛けはイヤ!
(結局は出掛けてしまったが、案の定ロクな目に遭わんかったわい)
そこで、気候も良い事だし、せっせと巣づくろいをしてたのさ。

ストーブをキュッキュ磨いて押入れに入れ
扇風機を分解して掃除し、防虫剤の入れ替えをし
レンジ台をピカピカにし、床をコシコシ拭く。

そして私に何が残ったか?

無数の小傷とあざ。

あれえ? 何か痛え・・・と見ると、あざやら切り傷やらが出来ている。
いつの間に????? と、驚愕するわけだ。

ミニ脚立に指をはさむ、とか
ふすまで指をはさむ、とか
開け損ねたドアにニーキックをかます、とか
輪ゴムを飛ばそうとして、指にビシイ! とか
そういう、とても痛い目に遭った事は覚えているし
傷があっても不思議ではない。

疑問なのは、いつどこで? という傷が多い事。
左ひざの “ドアにニーキックあざ” と同じぐらいのあざが
右ひざにあるんだが、これは何なんだ?

ダンボールでガリッとこすって出来た左手首のリストカット風味の傷と
同クラスの傷が左手人差し指に付いたのはいつだ?

ニーキックもダンボールも、地べたに素手で穴を掘りたくなるほど
激しく痛かったんだが (実際、転げ回ったさ)
同レベルの傷なら、発生時の痛みも同じぐらいの衝撃なはず。

もしかして、記憶が飛んだりしてるんじゃねえのか?
と、とても不安になる・・・。

ここで、もう1個不安なのが
いっちょ何かすると、いっちょ傷ができるようになった事。

私はおっちょこちょいではないし、ドンくさくもないので
以前はこんな事はまったくなかったのに
最近は労働量と負傷率が、右肩上がりってやつで見事に比例している。

これは老化の兆しなんだろうか?
この勢いでいくと、ババアになった時に
ちょっと掃除機をかけただけで骨折、とかありえるんじゃねえのか?

この前、寝ていて突然の激痛に目が覚めてのたうち回ったが
どうやらタンスに頭突きをしたらしい。
これが骨粗しょう症のババアだったら
「寝相の悪さにより、頭蓋骨骨折で老婦人孤独死」
とか、新聞の端っこに載るハメになるんじゃねえのか?

人間、年を取ると落ち着く、と言われるが
今の私と昔の私を比べても、落ち着いてる片鱗が1mmもねえ。
このまま、勢いだけは幼児でいくと、ひじょーにまずい気がする。

体はオトナ、頭脳は子供
まさに 「じっちゃんになりかけて!」 だ・・・・・。

TVCM

CMというのは、世の中に広く会社名と商品を認知させる手段である。
商品の特徴を知らせて、興味を持ってもらおうというのと
会社や商品のイメージを固定させようというのと2種類ある。

生活用品には、商品の特性を伝えるものが多い。
これは現実的で手堅い主婦がターゲットだからだ。
他の商品との差別化で、「これを買うと得」 と思わせるのが第一。

逆に車などにはイメージ優先のCMが多い。
あまりに似たような作りのCMが多く
どの車種のCMだか区別がつかない事が多いが
車は衝動買いをせず、調べて買う物なので
CMで性能をうたう必要はなく
高級感やおしゃれさを消費者の脳にすり込んでおきたいのだ。

私には、芸術的に最も優れたCMを作っていると評価する会社がある。
それはキューピーである。
ほとんど注目もされないほどの地味さだが
このメーカーは、昔から美しいCMを作っていて
そのレベルが落ちないのも不思議である。

意識して見てみい、毎回すごく色使いや選曲が良いぞ。
食物の美を表現しながらも
ちゃんとキューピーだと印象付けているのが天才的。

CM制作で一番大変なのは、クライアントの説得である。
A社が広告代理店にCM制作を依頼する。

制作したCMがA社に気に入られれば放映であるが
これを決めるのはA社のお偉いさんたちだ。

広告代理店がどんなに印象的なCMを提案しても
何にでも口を出したがるくせに
新しい事にはまず拒否反応を示す頭の固い年寄りどもは
古臭い時代遅れを好み、なかなか納得しない。
これを口八丁手八丁で口説き落とすのが最大の難関だと言える。
だから、CMでその会社の方針、体質がわかるのである。

ところで、今やたら昔のロック (クイーンとか) が
TVで流れているのは何故かわかるか?

これは、その曲が流行った時代に青春だった年代が
順当に出世して、物事を決定できるようになったからである。
お偉いさんの思い出の曲を使うとオッケーがでやすいって事だ。
世の中を本当に動かしているのは、50代前後の年代だろうな。

「これが流れるとチャンネルを変える」 というほど
嫌いなCMってあるか?

世の視聴者は想像以上にCMに厳しい。
「CMが嫌いだから買わない使わない」 という意見も多い。

あるメーカーは、苦情が数件きたらそのCMを打ち切るという。
(ただし、ブラックリストに載ってるクレーマー以外の視聴者。
 クレームを趣味にしている顧客?も多い。
 リストに載りたくなかったら、クレームは厳選して言おう。
 自分の意見が正当でも、反映されなくなるぞ。)
メーカーは自社CMの評判を結構気にしているのである。

だったら何故あのCMがオッケーになったんだろう? というCMがある。

それは小泉今日子の 「ジョジョービ ジョヴァー」 ってやつ。
スポーツドリンク?のCMだ。

あの歌声の気色悪さとともに、キョンキョンの姿が・・・。
贅肉だらけの体なのに、何故キャミドレスを?
しかも、だらしない立ち方で、あごをあげて歌うあの映像は
不潔感たっぷりで、やさぐれた女に見えて
初めて見た時は、脳内でガラス粉々イメージが展開したぜ。
確かに、おめえの中の “汚いモノ” が即効で出てるよ。

あれ、タレント的にナシだろうーーーーーーー。
CMなんだからCGでどうにかせんかあ?
それとも、次のCMで
「これを飲んでたから、こんなにキレイになりました」
と、キレイなキョンキョンが出てくるのか?

すげえ印象的だが、マイナスイメージで強烈なのはNGだろう。
あのドリンクも飲みたくないし、キョンキョンも見たくないし
関わりを一切拒否したくなるCMだ。

最後に、裏トリビアをひとつ。

CMに自社社長が出てくる会社はロクでもない。

これ、今までの大抵のCMに当てはまっている。
因果関係はわからんが、歴史が証明しているぞ。

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