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思い出話 Archive

私の母は、何というか
独特な人であった。

私がまだ小学生の時。
チャイムがなり、玄関に出た母が
大声で叫びながら居間へ走って来た。

「あなたーー、ほらふきさんが
いらっしゃったわよーー」

その時、私も居間にいたのだが、
父の青ざめて目を剥いた顔が
印象深く記憶に残っている。

実は “ほらふき” さんとは、苗字ではなく
その人の普段の素行で
回りの人から叩かれていた陰口だったのだ。
父が玄関に出てみると
そこにはもう誰もいなかったという。

それから母は正座して、
父の激しい説教をくらうことになるのだが
私には、母にそれが苗字だと思い込ませるほど
陰であだ名を連呼していた周囲の人の方が
悪いと思える。

 

父方の親族の集まりがあり
母がそこで起こした出来事。
私の従兄弟(20歳以上年上)に
母が声を掛けた。

「あら、六郎さん、お元気でした?」

その場が凍りついた。
(もうおわかりかと思うが)
“六郎”さんとは、希望大学を六浪した
ボンクラなその人のあだ名で
その人はそんだけ浪人したあげく、
希望の学部には結局入れず
他の学部に滑り込んだという
経歴の持ち主である。

しかも、長男だった。
長男に “六” はつけないだろう。
その人はその後、やさぐれたとみえて
跡取りだというのに
大モメにモメて京都に養子に行く。

 

私が東京にいた時、親族の弔事があった。
父がうるさく言うので
仕方なく手伝いに行ったのだが、
親にきつく言われた通りに
「お手伝いさせてください」 と
しおらしく台所に行くと
そこでは和服を着た女性が
場をしきっていた。

私の顔を見るなり
その女性は 「じゃあ、これを切って」 と
タコを丸ごと私の前に出した。
切るどころか、触ることも出来ない。

あやうく混乱魔法をかけられそうになったが
「恐れ入りますが
切り方を教えて頂けないでしょうか」 と
あくまでも、親の顔を潰さないように
タコをも触る決心で
気を遣いまくっている私に
その女性は京都弁で言った。

「まあまあ、おかあさまが
大切にお育てになってらっしゃるから
包丁も握ったことがありませんのねえ。
ほっほっほ」
(京都弁略)

「かあちゃんのしつけが悪いとか以前に
初対面の相手に
いきなり嫁いびりのような真似ができる
おめえの脳みそは
一体どういう仕様なんだよ!」
と、暴れたかったが
見事に要点を突いた攻撃には
何の言い訳も出来ない。

 

その後その女性は、何故か
私にしつこくからんで来たが
そこまであからさまに
嫌味を言われた経験は初めてで
何か新鮮で面白く、イキイキと
「申し訳ございません」
を、繰り返していた私であった。

後日、その女性が
“六浪” さんの奥さんだったことがわかり
“江戸の仇を長崎で討った” わけだな
と判明した。

この騒動の発端は母にあると思うのだが、
見事に 「役立たず」 を披露した私が
以後、親族の集まりに
出席することはなかった。

 

中学の頃は、部活があるので
土曜はお弁当だった。
いつも、おかずが玉子焼きと
ウィンナーだけだったので
「たまには違うのを入れて」 と
お願いした私に
母が、「じゃあ、何がいい?」と聞いてきた。

まさか、そういう質問がくるとは
思っていなかったので
何も考えていなかった私は
自分でも何故そんな事を言ったのか
よくわからないのだが
「・・・かまぼこ・・・とか・・・?」
と、とっさに答えた。

次の土曜日、うきうきと
弁当箱の蓋を開けた私は、即行で蓋を閉めた。
おかずがかまぼこ1本丸ごと入っていて
しかも、それのみ。
かろうじて切ってはあったが・・・。

こういう結果は読んでる人は
想像してただろうが
実際にやられると、かなりヘコむ。
弁当の2度見など、誰がしたいだろうか?

文句を言う気力もそがれて、
私は母に告げた。
「いつものお弁当でいいよ・・・。」

 

そんな母だが、遠足とかの行事には、
何故か異様に気合が入るようで
お弁当も三段重箱とかをつくるのだ。

私はその、一体、何人で食うんだ
というような、重くデカい重箱を
かついで山登りをしなくてはならず
かといって、文句を言おうものなら、
きっとまた “悪気まったくなし” の
倍返しが待っているので
同級生たちに気の毒がられながら、
この苦行を黙々と遂行していた。

・・・結局、食いきれないので
中身がほとんど残り、帰りもまた
その重い弁当をかついで帰るハメになる。

そして帰宅して
「外だと、食欲も増すのにどうして残すの」
と、物事には限度があるだろう、と
反論したくなるようなお小言をいただくのだ。

 

うちの母は無心で
人を窮地に陥れるタイプの人間であった。


保温保冷両用タイプの水筒。
私もこの手に、ぬくめのお湯を入れて
持ち歩いている。
うん、頻尿になるんで
お茶からお湯へと降格したんだ・・・。

 

ピアス

私の耳たぶは割に厚い。
イヤリングなどしてると、脳天がガンガンしてくる。

ので、周囲のお勧めもあって、
ピアスを開ける事にした10代の終わり。

 

初ピアスは、真っ当な病院で15000円かけて開けた。
ところが、消毒をしようとピアスを外したら、
どこまで不器用なんか、入れ直せない。
無理矢理ねじりこんだら、中でガリッと引っかいたみたいで
化膿してしまった。

 

何かズキズキしてるし、膿臭いし、どうしようと思っていたが
私にピアスを勧めた行き付けのブティックのねえちゃんは
「大丈夫よお、私なんか膿がダラダラ出たもん」 とか言っている。

その “膿ダラダラ” を聞いて、余計に恐怖を感じたので
看護婦をやってた友人に泣きついた。

 

数日後、友人がでかいカバンを持ってやってきた。
そのカバンから出るは出るは・・・
コットン、消毒液、注射器、麻酔液・・・。

・・・・・・ま、麻酔ーーーーーーーー?

「そんなん持って来て大丈夫なんか?」 と、ビビって聞いたら
「大丈夫。 モルヒネじゃないから。」

 

何か、えらいなおおごとになってるような気がしたが
注射器を構えた看護婦に逆らえるヤツはいない。

おそるおそる耳を差し出したら、ブッチーーーーーっと注射を打たれ
「いってええええええええええええ!
その注射を打つのと、いきなり穴を開けるのと、同じ痛みじゃねえのか?」
と、叫んだら、友人がムッとした顔をした。

 

次に注射針で穴を開けて貰ったが
「穴の位置がヘン」 と、クレームをつけたら
友人の機嫌が更に傾き、何か耳元でやってると思ったら
「はい、終わった」。

鏡を見たら10箇所ほど穴がブチブチ開いてる。
ひいいいいいいいいいっ と、驚愕する私に
「好きな穴を選びな」 と、カバンに道具一式をしまいつつ
投げやりに言う友人。

「他の穴はどうすんの!」 と、怒ったら
フン、とした顔で 「じき塞がるさ」 と、吐き捨てられた。

とりあえず、これ以上こいつに逆らっても、
良い事は何ひとつない気がしたので
大人しく2つの穴を選んでピアスをはめた。

「いい? 1週間は絶対に触るなよ。 消毒もあ・ん・た・はせんでいい」
と、厳しい口調で言って友人は帰って行った。

 

素直に友人の言う事を聞いて、ピアスには一切触らなかった私だが
美容院に行った時に悲劇は起こった。

美容師が 「ピアスを外してください」 と言うので
外せない事情を説明したのに、その美容師の機嫌が悪くなったようで
えらくザツにブラッシングしてくれ、ピアスに引っ掛けてくれた。

「痛っ」 と、思ったが、美容師は詫びすら言わず
「そらみたことか」 という顔をしている。
帰宅して鏡で見たら、何と・・・・・・
耳たぶがちぎれて皮1枚でピアスがぶらさがっている。

その瞬間に私が思った事は 「友人に怒られるーーーーー」 だった。

 

でも、これはどうにかせねばならない。
友人に電話して、慈悲を請うた。

友人は鬼の形相でやってきた。
「あんた、美容院には文句を言ったの?」 と聞かれ
そういや友人への恐縮で、そういう事はすっかり忘れていた。
「あんた、ちとバカじゃねえの?」 と、言われても返す言葉もない。

 

「氷を出して。」 「何か飲むの?」
「氷で冷やして痛覚をマヒさせるの!」
「えええええっ、そんな素人な方法? 麻酔はーーー?」
「あんた、この前、麻酔の注射が痛いと文句を言ったじゃんよ。」

こ・・・これが看護婦ならではの仕返しか?
氷で耳を冷やして貰いつつ
「冷たくて、しかも痛いんですが・・・」 と、訴えたら
「麻酔の注射も痛かったはず!」
ううう・・・根に持つヤツはこれだから・・・。

 

氷で冷やすのは、やはり限界がある。
今度はヒイヒイ言うほど痛かった。

「あれ?」 と、友人が言うので 「何?」 と、ビビったら
「いったん穴を開けて塞がった場所は、固くなってて針が通らん・・・。」

「ええええええええ、あんなに穴を開けるからー。」 と、抗議をしたら
「普通、こう何回も穴を開けるとは思わんじゃん!」 と、また切れられた。

無事にとは、全然言える状況じゃなかったが、
ともかく3度目に開けた穴はその後、何事もなく、
私は片耳に2個ピアスをし続ける事ができた。

 

・・・が、私の耳には4個の穴が開いている。
2個しか使ってなかったのに・・・。
塞がってないじゃんよーーーーーーー!

しかもヘンなところの穴が生き残っているので
最大限に活用しても3個までしか使えない。
おまけに耳たぶちぎれの痕もくっきり残っているし・・・。

 

友人は仲間と穴の開けっこ、という看護婦ならではの技で
両耳1個ずつにピアスをしていたが
よくピアスを失くすウカツなヤツで、
片方だけになったピアスは私の元にやってきた。
私は片耳に2個だから型違いのでもオッケーだからだ。

4万円のダイヤのピアスの片方を、海の家の更衣室で落とした時には
うろたえて這いつくばって探したらしいが
外で旦那は怒るわ子供は泣き喚くわで
「こっちが泣きたいよ!」 と、怒りを抑えつつ諦めたそうな。
その残った片方のピアスも、後日私の耳にはめられる事になる。 ははは

 

ちなみに今はピアスをしていない。
何故かっちゅうと、穴があるのは右耳なのだ。

・・・つまりゲイの証・・・。

当時の純真な私は、そういうマニアなお約束は知りませんでしたとも。
ようするに、アレだ。 「私はレズよ~ん」 と、
看板背負って歩いてたも同然だったんだな?
誰か注意してくれよーー、くすんくすん・・・
人生の汚点になっちゃってるよー。

 

で、つい最近、穴のチェックをしたら、
5年ぐらいピアスをやめていたのに
3個の穴が生き残ってて (1個死亡)
しかもそこに汚れが詰まる事を発見。

これはピアスをしないと、また詰まるんだろうな・・・。
でも右耳・・・・・。
左にも1~2個穴を開けて両耳にするべきか?

でも今となっては、ピアス、面倒くさいんだよなあ。
金属アレルギーはないはずなのに
ピアスの穴だけは、銀とか、ヘタすりゃ18金でもかぶれるし・・・。

 

と、マジマジと鏡を見てたら、とんでもない事実に気がついた。
長年、右耳だけにピアスをしていたせいか、
右の耳たぶの長さが伸びてるのである。
はっきり言って、見苦しいほど左右の耳たぶの長さが違う。

ああああああああああああーーーーーーーーーーっ
これ、どうすりゃいいんだよおおお!!!!!

 

でも、これは友人には相談しない。
どうせ 「死ぬわけじゃねえし」 とか言われるに決まってるもん。

 


こういうので掃除!

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