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ジャンル・やかた Archive

ジャンル・やかた 41

「痛いのダメー! 痛いの絶対にダメよー?」
アッシュがベッドに横たわりながら、怯えて叫ぶ。

「はいはい、わかってるだよ、主様。
 わしにまかせてくだせえな。」
指をバキボキ鳴らす巨体の女性に、アッシュが後ずさりをする。

数十分後、アッシュはベッドの上で溶けていた。
「うあーーー、気持ち良かったーーー、最高ーーーーー!」

「でしょう? アリッサはちゃんと免許も持ってるんですよ。」
デイジーがアッシュに靴を履かせながら、自慢げに言う。
「うんうん、もう久々に極楽な気分になれたよー、ありがとうー。」

何のエロ話の始まりか? という出だしだが
毎日のデスクワークに音を上げたアッシュが、わめいたのだ。
「誰かマッサージとか出来ないですかあー?
 もう、肩とか首とか腰とか、痛くて痛くてー。」

「あ、私の友人に整体師がいます!」
と名乗りを上げたのがデイジーであった。

「主様、かなりからだがゆがんでいるだよ。
 これからちょっとでもいいから、まいにちマッサージをつづけるだよ。」
アリッサが言うと、デイジーが強い口調で後押しした。
「そうですよ! 健康管理もちゃんとしてください!
 主様に何かあると、皆が悲しみます。
 おひとりの体じゃないんですよ!」

デイジーの熱意にゲンナリしつつも、アッシュも肩の軽さに負けて同意した。
「じゃあ、これから毎日お願いしますー。」

アッシュが整体室を出て行った後
デイジーとアリッサは手を取り合って喜んだ。
「良かったわね、主様に気に入られたわよ。」
「主様にはじめてあえて、わしドキドキしただよー。」

アリッサもデイジーと同様に、アッシュの信奉者だった。
アッシュは皆に公平に接する代わりに、誰とも親密にならなかった。
秘書のリリーと護衛のローズは、職務上例外であった。

「だけどほんとにやせていらっしゃったで、わしビックリしただよ。
 ここんとこは、とくにいそがしそうにしてらっしゃるとうわさだんが
 あんなほそいおからだでだいじょうぶだかねえ。」
「そうなのよ・・・。
 前々からお忙しく動いていらっしゃってたんだけど
 あの銃撃事件以来、益々大変そうになったのに
 この頃は食欲まで落ちちゃって、もう心配で・・・。」

「あのバカモノのせいで、ストレスになっているだね!
 主様がやかたをすみやすくしようと、がんばってらっしゃるだに
 なんのもんくがあるんやら、まったくめいわくだよ。
 主様がいなくなったら、またもとのゴロツキぐらしになるじゃないか。
 まったく、へいわなくらしがイヤならここをでてきゃいいだよ!」
アリッサが憤慨すると、デイジーが更に追い討ちをかける事を言った。

「ほんと、そう思うわ!
 襲撃したヤツは死んだらしいけど
 同じような事を考えてるヤツらは、まだいるらしいのよ。」
それを聞いて、益々頭に血が上るアリッサ。

「あの主様に、ゆるせないだね!」
 そんなヤツら、わしがせいばいしてやるだ!」
デイジーはアリッサの両手を握った。
「あたしたちも館のために頑張らないとね。」

悪気のない自己流正義感というものほど、厄介なものはないわけで。
このふたりの館への想いが、アッシュの運命を変えるものになるとは
誰ひとり気付く者はいなかった。

続く。

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ジャンル・やかた 42

「ナポレオンが3時間しか寝ない、っていうのがわかったわー。」
長老会会議に出席するための、移動の車の中で
アッシュがリリーに、突然まくし立て始めた。
 
「ナポはね、寝ないんじゃなくて、寝る時間がなかったんだよー。
 私、今ナポ並に寝てねえのよー。
 不眠症気味だから良いかあ、と、あなどってたら
 寝る時間がないのは、寝られないより辛かったんだよー。
 ピンクレディーが絶頂期の記憶がない、とか言ってたけど
 私も最近、記憶がねえのよー!
 痴呆じゃなくて、ほんと記憶がねえのよー!
 酒飲んで翌日の記憶がない、って経験した事ないけど
 あれって、こういう感覚ー?
 こんな記憶飛び飛びで、大丈夫なわけー?
 私ちゃんとやってるー?」
 
リリーが冷静な眼差しをアッシュの方に向け、事務的に言った。
「主様はちゃんとお仕事をやってらっしゃいます。
 かなりお疲れのようですね。
 と言っても、休みが取れるわけじゃないですから
 わたくしには同情しか出来ませんが。」
 
「同情するなら休みくれーーー!
 とか言っても、外人のあなたにはわからないだろうけどねーっ。」
「・・・ここでは外人はあなたの方ですが。」
 
リリーの冷静な返答に、アッシュは叫んだ。
「ああああああああああ、愛が欲ちーーーーーーーーーーーっ!」
 
 
運転手の不安そうな目が、ルームミラー越しにリリーの目と合う。
「こんなお方でも、やる時はやりますので心配無用。」
リリーの言葉に、運転手は慌てて前を向き直した。
 
「助けてーーーーーーーー! 拉致されるーーーーーーーーー!」
車の窓に両手を押し付けて、アッシュが叫ぶ。
「こらっ! その冗談はダメです!」
リリーが、アッシュの首根っこを引っ張ってシートに押さえ付けた。
 
 
「いっその事、長老たち、殺っちゃおうかー・・・
 いや、そんな一瞬で終わらせてあげるなんて、ナマぬるいー。
 そうだ、長老たちも館に住まわせれば良いんだよー。
 あいつら遠くからグダグダ言うだけで、ほんと気楽で良いよなー。
 私なんか毎日、監視の目に晒されて、秒ごとに神経がすり減って
 ついでに寿命もすり減って
 ああー・・・、主になっても結局、生死の境には変わりねえんかよー。」
 
アッシュはしばらく、ウダウダとグチを言っていたが
やっと静かになったと思ったら、代わりにギリギリという轟音が車に響いた。
見ると、爆睡して歯軋りをしている。
歯軋りの音というのは、結構デカい。 しかも癇に障る。
 
まったく、起きてても寝ててもうるさい・・・
リリーと運転手は、また目が合った。
 
 
その日の長老会会議では、より一層発奮したアッシュが
狂乱にも近い演説をブチ上げた。
 
ジジイがリリーにコソッと訊ねる。
「どうしたんじゃね? 今日は。」
「ナポレオン様のうっ憤晴らしですわ。」
クールに答えるリリーの顔を、ジジイが???と見つめた。
 
まあ、あの妙な迫力が人心を惑わせるんだから、主様も大したお方よね
リリーは、これっぽっちも心配をしていなかった。
 
 
帰りの車の中では、行きとうって変わって落ち込んだアッシュがいた。
「何か言い過ぎた気がするーーー・・・。」
そしてノートパソコンを打っているリリーにすがりつく。
「ね、私、マズかったかなー?」
 
リリーはモニターを見たまま、答える。
「あれで良いと思います。」
「ほんとー? ほんとーーーの事言ってー! お願いー!」
しつこいアッシュに、リリーは同じ口調を繰り返した。
「あれで良いと思います。」
 
これ以上食い下がると、リリーが激怒し始める予感がしたので
アッシュは反対側の窓に顔をくっ付けて、無言で景色を眺め始めた。
 
 
数分後には、またキリキリキリキリ・・・と軋りだした。
リリーと運転手は、またまた目が合った。
 
 
続く。
 
 
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ジャンル・やかた 43

「・・・さま、主様」
呼び声にふと目覚めると、枕はヨダレだらけだった。
 
「よくねてらっしゃっただよ、ほんとおつかれなんだね。」
アリッサがアッシュの顔のヨダレを拭く。
 
「ああ・・・ごめん、寝てた・・・?」
寝ぼけ眼でアッシュがヨタヨタと体を起こす。
「ねてたなんてものじゃないだよ、はぎしりしてらっしゃっただよ。
 はぎしりはほねにもんのすげえわるいから、やめたほうがいいだよ。
 といっても、じぶんじゃどうにもできんしなあ
 ストレスがげんいんなんだ。」
 
「ストレスねえ・・・。」
アッシュが溜め息を付く。
 
「わしになんかできることがあったら、いつでもいってくだせえ。」
アリッサの言葉に、不覚にもジーンとさせられたアッシュ。
 
「アリッサには、こうやってマッサージをしてもらって
 いつも助かってるんですよー。
 本当にありがとうー。
 お陰でずいぶんとラクに体が動くようになりましたー。」
「そ、そんな、わしなんかにおれいなんかもったいないだよ・・・。」
 
 
アリッサがドギマギしながら言うのを見て
アッシュは、もうちょっと主らしく振舞わねば、と反省させられた。
この人たちは、本来の私ではなく “主様” を私に要求しているのだから
その期待に応えるのが、自分の役目なのだ。
 
リリーは聞く耳を持たず、クールに無視をしてくれるし
ジジイはここぞとばかりに罵倒をしてくれるのから
このふたりだけには、遠慮なくグチグチ言えるのだが
住人たちに、自分の心情を知られるのはマズい。

“主様” に私心があってはならないのだ。
“主様” の中身が人間なのは、明確な事ではあるだが
住人たちには、そんな事情は必要ないどころか、邪魔である。
 
最近、忙しさにかまけて、どんどん地が出てたからなあ
こりゃ、威厳もへったくれもねえわ
アッシュは自分のだらしなさに渇を入れるように、勢いよく立ち上がった。
「よし! マッサージで元気をもらったから、頑張りますよー!」
 
 
アリッサが一日の後片付けをしていると、デイジーが入ってきた。
ふたりでボソボソと密談をするその様子は
明らかに何かが進行している事をうかがわせていたが
何事もなく、月日は流れていった。
 
これからもこのままが続くかのように。
 
 
続く。
 
 
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ジャンル・やかた 44

周囲の人々に助けられて、何事もなく日々が過ぎ
一時期の超多忙ぶりも落ち着いたある日
お茶を運んできたデイジーが、神妙な面持ちで訊いてきた。
 
「あの・・・、ご相談があるんですけど・・・
 お話できる時間は、ありますでしょうか?」
 
そういや、ここ数日ソワソワしたり、沈み込んでいたり
何かと彼女の様子がおかしかった。
「ええ、もちろんー。
 さ、そこに座ってー。
 あなたも一緒にお茶を飲みましょうー。」
 
アッシュがポットを取ると、デイジーが慌てた。
「いえ、そんな、とんでもない。」
「いいから、いいからー。」
 
アッシュがお茶をカップに注ごうとしたら
ポットの蓋が外れ落ちて、カップを直撃して割ってしまった。
「だからーーーっ!」
 
デイジーの叫びを聞き、あ、畏れ多いって事じゃなく、“だから” なのね
と、アッシュはご主人様ぶった自分を恥じた。
 
デイジーが “きちん” と淹れてくれたお茶を飲みながら
アッシュは混乱していた。
デイジーはソファーには座らず
自分の真横に両膝を付いて、話そうとしているのである。
尊敬されてんだか、遊ばれてんだか、一体どっちなんだろう?
 
 
そんなどうでもいい混乱は、デイジーの話でふっ飛んだ。
「あたし、少しでも主様のお役に立ちたくて、ずっと調べていたんです。」
こういう事を言うヤツの行動が大抵ロクでもないのは、歴史が証明している。
ドキドキしながら続きを聞く。
 
「反乱者グループの事を。」
その単語に、アッシュはティーカップを落としそうなぐらいに驚いたが
その動揺を何とか最小限に押しとどめて、素早くすり替えた。
館内を把握し管理しているはずの “主様” に
知らない事があってはならないからだ。
 
「調べるって、あなた、そんな危険な事をー!」
いかにもデイジー本人の事を心配するそぶりをする。
 
「でも、主様、お命を狙われたじゃないですか!
 それだけでも心配なのに、あの事件以来、更にお忙しくなられて
 食欲も落ちてしまわれて、あたし心配なんです!
 あんなヤツらがこの館にいるから・・・。」
 
 
デイジーの目に浮かんだ激しい怒りの色を見て
アッシュはそっちの方が不安になった。
ヤバい、これは狂信者というやつか?
 
「それでアリッサに頼んで、情報を集めていたんです。
 リハビリ部には大勢の人がやってきますから。」
ああ・・・、アリッサもかい・・・、アッシュは目まいがした。
 
「それで、あたし、ディモルと付き合い始めたんです。」
へっ? アッシュはいきなりの展開に付いていけず
「そ、それはおめでとう・・・ なのー?」
と、妙な言い方で返事をしてしまった。
 
「めでたくなんかないです!
 あたしには、一生マティスだけです。
 あの人を忘れる事など、出来るわけがありません。
 だけどこの館を守ろうとする主様のためなら
 きっとマティスも許してくれるでしょう。
 あたしは恥じてはいません。」
 
 
デイジーは、相続戦で死んだ男性、マティスと結婚したかったけど
ふたりともこの館を出て生きていく自信がなかったので
一生ここでふたりで暮らすつもりだった
と、以前アッシュに語った事があった。
 
それだけに、マティスの死で、一層この館への執着が強くなり
その想いがすべて、“主様” に向けられているんだな
と、アッシュはその話を聞いて感じた。
だからデイジーの前では、なるべく彼女の “主様” 像を壊さないように
努めたつもりである。(それでもこの体たらくなんだが)
 
 
「デイジー、まさか・・・、えーと、その何とかとかいう人はー・・・。」
「ディモルは、反乱グループのひとりです。」
何てこったい・・・、アッシュは脳がグラグラした。
 
「主様、この話を今日したのは、時間がないからなんです!
 本当なら主様にはご迷惑をお掛けしたくなかったんですけど
 もうあたし、どうしたら良いかわからなくて・・・。
 主様の助けになるつもりが、逆に頼る事になるなんて・・・」
 
デイジーの狼狽を見て、ただ事じゃないと悟ったアッシュは
「落ち着いてー。
 とにかく最初からすべて話してくださいー。
 大丈夫、私が絶対にあなたを守りますからー。
 そのために私はここにいるんですよー。」
と、優しくかつ頼もしく微笑んだが、デイジーの話が進むにつれて
想像を超えたあまりの衝撃に、そのショックを表にこそ出さなかったが
心の中では、大声で叫んでいた。
 
パス1ー! パス2ー! パス3ー!
 
 
続く。
 
 
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ジャンル・やかた 45

「もー、パス27までしちゃいましたよー。」
アッシュの話を聞いて、リリーは固まってしまっていた。
 
「ね? 凍るでしょー? 私のあん時の気持ち、すんげえわかるでしょー?」
アッシュのお仲間の誘いには乗らず、リリーは青ざめた顔で訊ねた。
「それで、どうなさるんですか?」
 
「反乱グループに情報なんて渡せませんよねー。
 とりあえず、今夜の事はそっち方向で言い含めておきましたから
 デイジーがそれを上手くやってくれれば、当分はしのげますー。」
アッシュが机に片手を置いて、格好をつけた。 別に意味はないが。
 
 
「にしても、反乱グループとは・・・。」
「監視部は掴めてなかったんですかー?」
「長老会所属は、住人たちとは一線を引いていますからね。
 しょせん機械頼りでは限界がありますね・・・。」
 
「と言う事は、今回の問題発覚は、私の人徳が功を奏したわけだー。」
「・・・問題が大きくなってますけどね・・・。」
威張るアッシュを睨みながら、リリーが責めるように嘆いた。
 
 
リリーが腕時計を見る。
「・・・そろそろ時間ですね。」
アッシュとリリーは、書斎から地下に降り
薄暗い通路を通って、モニタールームへのはしごを上る。
 
改築のおり、アッシュの特殊な趣味を取り入れたお陰で
書斎、寝室、モニタールームは、誰にも知られずに行き来できる。
「ニンジャ屋敷仕様、役に立つよねー。」
得意げなアッシュに反応する余裕は、リリーにはない。
 
 
「様子はどう?」
「夕方から約1時間ごとに人が入っています。
 今、部屋の中には6人いるはずです。」
モニター監視員が画面を見つめながら答える。
 
「リリー様、先月の記録でそれらしきものを見つけました。」
背後の予備画面で、それが早送り再生される。
「8人集まってるわね。
 これは誰も気付かなかったの?」
「はあ・・・、これだけの数の画面ですから・・・。
 カメラの数が多すぎるのが仇になりましたかね・・・。」
 
 
「カメラは多いに越した事はないに決まってますよー。」
アッシュが明るく能天気に言う。
「何かあれば、こうやってチェックできるー。
 後手に回ったのは、私側実働隊のミスですからー。
 ちゃんと連動できれば、これほど強力な武器はないですよー。」
 
「主様・・・」
振り向いた監視員たちの目に入ったのは、腕組み仁王立ちのアッシュだった。
 
反乱グループがいるらしい、という話を聞いた監視員たちは
自分たちの目は無力だった、と落胆していたのだが
アッシュの言葉に救われる想いであった。
 
「はい、モニターをしっかり見ていて!
 どこから出た誰が、どこに入って行くのか、確認しないと!」
リリーが手をパンパンと叩き、監視員たちは慌てて画面に向き直った。
 
まったく、隙があれば主様モードを出したがるんだから・・・
リリーは呆れたが、アッシュのこの言動はまごう事なき性格だった。
 
 
「モニター42、南館405号室から男性退室、南方面へ廊下を移動。」
「モニター38、北館312号室から男性退室、北方面へ廊下を移動。」
報告が相次ぐ中、ひとりの監視員の報告にアッシュとリリーが注目した。
 
「モニター9、南館328号室から女性退室、北方面へ廊下を移動。」
 
デイジーである。
 
 
続く。
 
 
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ジャンル・やかた 46

「いいですかー? たとえニセの情報でも、それを渡したら
 あなたが役に立つ、と判断されてしまい
 今後の負担が大きくなってしまいますー。
 とにかく “使えない女” と印象付けるためにも
 オドオドしながら、ビイビイ泣くんですよー?」
 
アッシュがデイジーの両頬を両手で包みながら
顔を近づけて何度も念押しをした通りに、デイジーは振舞った。
 
「あたし・・・、何とかやってみようとしたんですけど・・・
 でも主はいつもソファーに座って、こっちを睨んでいて・・・」
すみません、と顔を覆った手を震わせながら泣くデイジーの肩に
ディモルが手を回しながら言った。
 
「もういいだろ!
 お茶を運ぶだけの仕事に、そんなチャンスなど来るわけねえよ。
 こいつも頑張ってるんだ、時間が掛かるのはしょうがねえぜ。」
デイジーはディモルの胸に顔を埋めた。
「ごめん・・・、あたし、あんたの役に立ちたかったんだけど・・・。」
デイジーは、恋に狂うバカな女を完璧に演じていた。
 
 
ふたりを見て、部屋がザワついた。
「しょうがねえんじゃねえのか?」
「ああ、急な話だしな。」
「でも1ヶ月あったんだぜ?」
「だけど、ただのお茶酌みに主の机が漁れるかよ?」
「あの狡猾な主だしな・・・。
 見つかればどんな仕打ちが待ってるかと思うと恐ろしいぜ。」
「しょせん女子供には無理な話だったんだよ。」
 
空涙を流しながらも、デイジーは腹が煮えくり返った。
あんたらに主様の何がわかるってのよ!
ディモルが申し訳なささのためだと、都合良く勘違いしたデイジーの震えは
半分は怒りによるものだった。
 
「見つかったらそれこそ、その女の価値はないぜ。」
「何だと!」
ディモルが恋人を侮辱されたと感じて、前に出ようとした瞬間
「もういい!」
皆の背後から大声が響いた。
 
 
立ち上がったのはバスカム。
反乱グループのリーダー的存在である。
アッシュ曰く、“若くてイケメンで人格者で頭が切れる”
という評価のヤツだ。
 
監視側も以前から目を付けていた内のひとりだったが
集会は不定期に行われる上に、各人の部屋の持ち回りになっていたので
彼らが徒党を組んでいる、とまでは見抜けなかったのだ。
 
 
バスカムの部屋には、パソコンや通信機器が揃っていて
反乱グループの拠点になっていた。
 
いまや見過ごす事が出来ないほどに
この反乱グループの形が出来上がってきたのには
館の誰もが、何の疑問も感じていなかった数件のある出来事が関係していた。
 
 
続く。
 
 
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      ジャンル・やかた 47 10.1.22

ジャンル・やかた 47

リハビリ部のアリッサの整体室には常連が多い。
アリッサは主に整体を担当していて、何でもニコニコと聞いてくれるが
ちょっと頭が弱く、聞いた話をすぐ忘れるのを、皆よく知っていた。
 
肩が凝った腰が痛い寝違えたなどの、ちょっとした事で立ち寄っては
リラックスして世間話をしていく者が多いのである。
この館で、アリッサのマッサージを受けた事がない者は少ない。
 
 
デイジーはマティスを失ってから、泣き暮らしていた。
そんなデイジーに何かと世話を焼いたのが、アリッサである。
ふたりが急速に親密になった事を、皆は気付かずにいた。
それは正にアッシュの相続真っ最中の時期で
館全部がアッシュの動向にのみ注目していたからである。
 
それをデイジーは利用した。
アリッサの背後にデイジーがいるなど、誰も想像はしないだろう。
 
アリッサは聞いた話を忘れているわけではなく
伝達する意志も技術もないだけなのだ。
ちゃんと事細かく指令を与えれば、言われた通りに動いてくれる。
 
デイジーの、アリッサに対する友情は深かったが
今はとにかく主様命で、アリッサも同じ気持ちだと信じていた。
何よりも主様を優先しなくちゃ・・・
デイジーはこの強固な決意を、アリッサにも無意識に植えつけていた。
 
 
デイジーのアリッサへの情報収集は、アッシュの鼻先で行われていた。
アッシュのその日のマッサージ時間の予定を伝えに行くのは
デイジーの仕事のひとつになっていたのである。
 
送り迎えは、館内護衛のローズが付いてくるが
リハビリ部のアリッサの整体室には、基本的に患者ひとり以外は入らない。
デイジーがアリッサに連絡に行き、アッシュが行く直前になって
またデイジーが、不都合がないように整体室を整えに行くのだ。
 
準備が終わると、ローズに連絡を入れ
アッシュがやってきたら、デイジーは整体係の控え室に行く。
ローズはアッシュが整体を受けている間、ドアの前で待つ。
 
アッシュがローズと帰っていったら、整体室の片付けを手伝った後に
世話係の控え室に戻っていくのである。
アッシュは結構VIPな待遇を受けているわけだ。
そのアッシュの整体の前後に、デイジーとアリッサは密談をしていた。
 
 
そんなある日、アリッサがデイジーに言った。
「主様のわるぐちばかりいうヤツがいるだよ。」
「それは誰?」
アリッサはデイジーに耳打ちした。
 
数日後、館の敷地内の池に男性が浮いているのが発見された。
池の周囲には人だかりが出来、遺体の引き上げを見守っていた。
 
デイジーもその場で、いかにも恐がってるような素振りで見物をしていたが
握った拳を振るわせる男を、群集の中に発見する。
 
 
酔っての溺死だと館の医師が判断し、ほとんどの者はそれを信じた。
「そんなわけあるかい!」
深夜の食堂で酔い潰れて、クダを巻く男にデイジーが近寄った。
「あんた、こんなとこで寝ちゃ風邪引くよ。」
 
「ん・・・? おめえは・・・誰だったっけ・・・?」
「あたしはデイジー。 主様の明日の食事の打ち合わせさ。
 今日は仕事が立て込んじゃって、こんな時間だよ。
 まったく人使いが荒いったらありゃしない。」
 
イラ立った口調のデイジーに、男はつい口を滑らせた。
「ん、ああ、まったく何様だっつんだよ、あいつはよー。
 おめえ、一杯付き合えよ。」
「あたしゃまだ仕事が残ってんだよ。」
「そうか、おめえも大変だな、俺はディモルっつんだ。
 夜は大抵ここで飲んでるから、おめえも来いよ。」
「ディモル、ね。 またね。」
 
デイジーは食堂を悠々と出て行ったが、動かす足のその膝は震えていた。
 
 
続く。
 
 
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      ジャンル・やかた 48 10.1.26

ジャンル・やかた 48

デイジーは、ディモルと親しくなるのに充分に時間を掛けるつもりだった。
軽い女じゃない、と思わせないと。
そう企むデイジーは、本当に一途な女だった。
 
「そろそろ良いじゃねえかよ
 あんたはまだ若いんだし、ヤツもあの世で納得してるさ。」
 
ディモルが誘う言葉の端々に、サカリの付いた男特有の無神経さがあり
マティスに対する冒涜を感じて、頭に血が上る事が度々あったが
その怒りを上手く変換して、ディモルを操った。
「あたしゃ、マティスを殺したあの主が許せないんだよ!
 こんな気持ちじゃ、あんたにも申し訳ないんだよ。」
 
 
「俺も主を憎んでいる。」
そうディモルが言い出すまでには、時間は掛からなかった。
志を同じくする仲間がいるらしき事も、すぐに告白した。
 
チャラい男だわね
デイジーはより一層ディモルを軽蔑し、亡きマティスへの愛を深めた。
この事により、デイジーは何でも出来る決心が付いた。
心がなければ、それはただの行為である。
 
この悟りは、セックスだけではなく殺人にまで適用される。
奇しくも、産まれ出す行為と死の行為、相反するふたつの事柄に、である。
 
 
アリッサがデイジーに耳打ちをした後に事は起こる。
医療室で、ひとりの患者が死んだ。
 
重病や複雑な治療が必要な者は、長老会管轄の街の病院に送られるが
それでも館の医療室は、診療所クラスの設備が整っていた。
 
死んだ患者は、深酒が過ぎて少し肝臓を患っただけで
入院はしてても、命に関わる事態ではなかった。
しかし館の医師は、深く追求もせず事務部に報告し
事務部も何の疑問も抱かずに、長老会へと上げた。
その流れの途中に、アッシュもリリーも関わっていた。
 
この館の住人の命が軽かったわけではなく
病院で死ねば病死、その一般的な感覚が全員の目を曇らせたのである。
 
 
デイジーはアッシュに助けを求めた時に
この一件は自分が点滴にとある物を少量混ぜた、と告白したが
解剖もされなかった遺体は、死因の特定もされず
報告書には “心不全” と書かれていただけであった。
 
デイジーの告白を聞いた時に、アッシュは自分の父親の事を思い出した。
アッシュの父親も、ある朝突然息絶えていて
死因が心不全、と言われたのである。
 
そんな物を摂取するだけで、普通っぽく死ねるなんて・・・。
アッシュはデイジーの話を聞いて驚いた。
それは子供に舐めないように注意をするだけの
どこにでもある生活に密着した成分であった。
 
 
葬式の時の墓地の前で、再び握り拳を振るわせるディモルの隣で
そっとその握った手に自分の手を重ねつつ、デイジーはほくそ笑んだ。
あんたの言動を見てれば、誰が仲間なのかすぐわかるのよ。
 
高笑いをしたくなるような気持ちを抑え
デイジーはディモルの顔を見つめて、背中を優しくさすった。
 
「親しい人だったの?」
「ああ・・・、仲間だった・・・。」
ディモルはデイジーを抱きしめた。
 
安酒の匂いに、デイジーは吐き気を覚えた。
 
 
続く。
 
 
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      ジャンル・やかた 49 10.1.28
     
      ジャンル・やかた 1 09.6.15

ジャンル・やかた 49

“主様” に反感を持つ人間は、この2件の死亡に動揺した。
「主に殺されたんだ」
全員がそう思った。
 
アッシュたちの読み通り、確かに最初は個々がバラバラだった。
会えば酒を酌み交わし文句を言う、ただそれだけの関係だったのだ。
 
しかしその内のひとりが、襲撃事件を起こした。
死んだのは主の護衛の姉で、主も親しくしていた人物である。
「主が復讐のために、反抗的な輩をひとりひとり殺しに掛かっている」
自分の境遇への不満をすべて他人のせいにしグチを言う
そんな単細胞たちが、そう考えるのも自然の流れである。
 
 
そうは考えない人間がいた。
バスカムである。
 
あの女が他人のために復讐などするわけがない
バスカムのこの考えは、今回の件に限っては結果だけ見ると正解なのだが
彼は主の姿を大きく見誤っていた。
 
 
バスカムはこの館に、と言うよりは長老会に不満を持っていた。
それは恵まれた境遇の人間に対する憎悪であった。
いわゆる反社会的な思想であり、この館がどうであろうと
結局は必ず持つであろう、不毛な怒りを抱えていたのである。
 
彼には、この館自体が嫌悪の対象であり
主が替わろうと替わるまいと、壊したかったのである。
彼はいずれは館を逃げ出すつもりであった。
どこへ行っても、彼のこの不満グセは変わらないであろうに。
 
 
そんな妄想の中、館では新しい主が誕生した。
外国でヌクヌクと生まれ育ち、何も知らずに来たのに
相続を達成したばかりか、改革までしようとしている。
 
彼女の最初の演説を聴いたときには、憤死するかと思った。
今までに経験した事のない激しい怒りが、足元から湧き上がり
心臓を強く殴られたような衝撃だった。
 
この世界のすべてを見抜いているのは俺ひとりなのに
あの無知な女に、頭上から幸運が降り注いでいる。
バスカムには絶対に自覚してはならない事だったが
これは嫉妬というものであった。
 
バスカムは単に、どこかの頂点に立ちたかっただけなのである。
自分がなれるはずのない者に、アッシュが安々となり
知った風な口を叩いている。
その存在が、バスカムにはとてつもなく目障りだった。
このまま許しておけば、自分が崩壊してしまう。
 
 
だがアッシュという人間は、バスカムにとって初めて出会う人種で
その得体の知れなさに尻込みせざるを得なかった。
そう感じたのは、アッシュを目の当たりにした時であった。
 
1度目は、アッシュが玄関ホールで二人目の敵を滅多打ちにした時
2度目は、アッシュが食堂でニタニタと笑って食事をしてた時である。
 
こいつに関わっちゃいけない、頭の中にそう警鐘が鳴り響いたが
3度目に前方から走ってくる、怒り全開のアッシュとすれ違った瞬間に
その確信は、バスカムの心に固定された。
 
 
この3度目の遭遇の時のアッシュの怒りには、ある事情があった。
アッシュが主就任後の忙しい合間を縫って
コツコツとLV上げをしていたゲームがあった。
 
時々その姿を見掛けては気になっていたジジイが
やめときゃいいものを、好奇心に逆らえずに
アッシュが席を外した隙に、ちょちょっといじってしまったのである。
 
ゲームは日本語で何が何やらさっぱりだったが、さすがのジジイにも
画面に映し出された NO DATA の意味はわかった。
ジジイは後悔よりも先に、すさまじい恐怖に駆られて
ムンクの叫びのような顔になりつつ遁走し
戻ってきたアッシュが、それに気付くのに時間は掛からなかった。
 
実にくだらん話だが、ゲーマーならば
この時のアッシュの心情をわかってもらえるであろう。
こういう時のアッシュの怒りは
巨大龍の怒りにも匹敵する、正に “逆鱗” であり
修羅のごとき形相で髪を振り乱して、ジジイを探し回った。
 
それを目撃した人は、運が悪かったとしか言い様がないが
バスカムの心にも、大きなトラウマを刻み込んだのである。
 
ちなみにジジイは、飼料を置く納屋のひとつに隠れていたところを
養豚係によって通報され、アッシュにはちくり回された。
 
 
さて、単純バカどもが騒いでいる。
どうせ大した事は出来ないんだから、大人しくしてろ
それでなくとも主の後ろには、歴戦のつわもの、あのローズがいるというのに
どんな思考をしたら、直接対決など考えつくのか。
 
どうしたものか、とバスカムが煮え切らない思案をしている内に
普段偉そうな事を言ってたせいもあり
単細胞たちが周囲に集まるようになってしまった。
 
今にも主に殴り込みを掛けそうな勢いに不安を感じたバスカムは
腹をくくってグループのリーダーになった。
自分の周囲をウロつく彼らがまた余計な事をすれば
こっちにも火の粉が掛かる可能性があるからである。
 
どうせ、いつかは主と対峙しなければならない。
あの不気味な女を抹殺しないと、自分の心に平穏はこないのだ。
 
 
バスカムはせかす仲間を押しとどめつつ、機器類を揃えていった。
万が一にも失敗があってはならない、と言いつくろってはいたが
その意味のない機器類を見ると、決戦の先延ばしをしていた観も拭えない。
 
腹をくくったつもりでも、ダラダラとしていたバスカムのビビりが
デイジーに、引いてはアッシュにつけいる隙を与えてしまったのである。
リーダーは独裁の猪突猛進型が一番成功に近い、という証明にも思える。
 
 
そんな中、メンバーのひとりの恋人が主の近くで仕えている、と知る。
しかもその女は内心、主を憎んでいるらしい。
バスカムはメンバーを通じて、その女に
主の部屋から、“何か” を盗ってくるよう命じた。
 
何か、は何でも良かった。
まずはその女がどこまで役に立つのかを知るのが目的だったし
上手くいけば、主討伐のヒントになるかも知れない。
 
そのぐらいの目論見だったが、難題に焦ったデイジーによって
グループの存在が、主の知るところになったのは
バスカムの不運、いや甘さだったと言えよう。
 
 
続く。
 
 
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ジャンル・やかた 50

「もういい!」
バスカムは、あまり期待をしていなかったので
この女の土産なしには、そう落胆はしていなかった。
 
しかし1ヶ月掛かって成果なしとは、この女は使えない。
アッシュの思惑通りにそう判断したバスカムは、女に帰っていいと告げる。
ディモルに女から目を離さずにいろ、と命じたのは念のためである。
 
この処置は、主に恋人を殺された女に対しては、ごく普通の事である。
むしろそんな女を身近に置いている主の方がおかしい。
バスカムには、アッシュが考えなしの大バカに思えていた。
これはごく正しい評価であった。
 
 
デイジーが集会部屋から出てきて
自分の部屋に戻ったのを確認したアッシュ一同は、安堵の溜め息を付いた。
引き続きの厳重な監視を頼み、アッシュとリリーは地下通路に下りた。
 
「どうしますー? もう一気に全員殺っちゃいますー?」
アッシュが歩きつつ、ヘラヘラと笑って言う。
まったく、冗談なのか本気なのかわからない。
 
アッシュが手の平を壁の装置に当てると、数m先のドアがシュッと開いた。
全ドアでこれが出来るのは、アッシュ以外はジジイとリリーだけである。
働いている者たちは、外部への個別通路のみしか開けられない。
 
「SFですよねー ♪」
アッシュはこういうのが大好きで、これがしたいがためだけに
“見回り” と称して、意味もなく地下通路をウロついていた。
薄暗い地下をフラフラ徘徊するババアなぞ
不気味以外の何者でもないのに。
 
 
「ところで、事務部に反抗的思想の人はいませんよねー?」
アッシュが立ち止まり、リリーに訊く。
「それは大丈夫です。
 何重にもチェックを入れてますし、全員わたくしが掌握しております。」
「おおーーーーーっ、女王様ーーーーーーっ!!!」
アッシュが両手を合わせてウルウルと見つめるのを、リリーは無視した。
 
「長老会への報告はどういたしますか?」
「んー、私としては、こういう事態は内部で収めてからの
 事後報告の方が、スムーズにコトが進むと思うんだけどー。」
 
「では、長老会へは通常報告のみで。
 ただ元主様へは、協力を仰いだ方が良いと思いますが。」
「あっ、ジジイには言っておかないとヒガむもんねー。
 ジジイが次に来そうな日はいつかなー。」
「いつものサイクルですと、多分、来週初めあたりになると思います。」
「うーん、来週じゃ先過ぎるなあー。
 明日だとあからさまだから、あさってあたりが好ましいんだけどー。
 よし、Cラインを使おうー!」
 
Cラインとはアッシュ-ジジイ間の直通電話の事で、盗聴の心配がない。
秘密のsecretは、日本語でsiikurettoと読むから
siiでシーで “C” だとアッシュが言い張って、この名になった。
アッシュはこういうスパイごっこが本気で好きだった。
 
 
再び通路を行き、パネルに手をかざしドアを開けて入ったのは
館内の電気関係をすべて司っている部屋で
その広さは、館の北館2個分にも匹敵する広大さである。
 
地下があるとは思っていたけど、こんなに広いとはねー
だよねー、地上と地下は同じ面積である必要なんてないもんね。
アッシュは、ここも好きだった。
というより、こういう迷路のような地下自体が好きだった。
 
オカルトに地下は付き物じゃん
薄暗さにビクビクしながらも、妙に興奮するんだよなあ
これぞ、“吊り橋効果” だな!
アッシュは自分の異常嗜好を、大間違いな理論で納得していた。
 
 
アッシュが電気部屋と呼ぶその部屋は
地下鉄の制御室のような様相である。
「おおおーっ、これぞ陰謀のエレクトリカルパレードやーーーっ!」
両手を広げて大声で叫ぶアッシュに、誰も反応しない。
この部屋に入る度に、同じセリフを繰り返していたからである。
 
「さ、主様のいつもの呪文も唱え終わったし
 昼間お願いした電気量のデータは抽出できてる?」
リリーが声を掛けた職員が、誘導する。
「はい、ここに。」
積み上げられた膨大な枚数の紙が、アッシュの目まいを誘う。
 
 
「で、これを誰が見るんかなー?」
職員の両頬を指で摘まむアッシュに、摘ままれた職員が答える。
「うぉうわたふぃがうんせきしわした (もう私が分析しました)」
「うーん、気が利いてるーっ!」
ここぞとばかりに抱きついて、理系男子にセクハラをするアッシュ。
 
異様にはしゃぐアッシュを、リリーは冷静に見ていた。
いつも地下に来ると、どっかのネジが飛ぶようだけど
今回のこの舞い上がりっぷりは、ただ事ではない。
このお方は結局、戦いが好きなんじゃないかしら?
 
 
「うーん、やっぱりバ・・・何とかの部屋の電気使用量は
 他の住人の部屋より微妙に多いっぽいかもー。」
「いい加減、名前を覚えてください。 バスカムです。」
 
覚える努力をする気がさらさらないのか、アッシュが無視して続ける。
「でも、こんな差じゃわかりにくいですよねー。
 これはチェック漏れとは言えないなあー。
 まさか住人が通信傍受機器とかを置いてるとは思わなかったしねー。」
 
デイジーがディモルから聞き出した話によると
リーダーが盗聴機器類を揃えているらしく
それを重く見たアッシュとリリーは
電気部にその情報の裏付けを取るために
各部屋の電気使用量の調査を命じていたのであった。
 
 
データを見つつアッシュと話し合う職員に、リリーが訊ねる。
「長老会との電話も受信されていた可能性はあるのかしら?」
「それは実際に機器を見てみないと何とも・・・。」
「事務部の通話内容の確認はした?」
「はい。 なにぶん急なお話で、時間が掛けられず
 完全に確認できたのは、まだここ1ヶ月のものだけですが
 その期間は、特に大した情報はありませんでした。」
「主様の会話は?」
「・・・「ほー」「へー」、もしくは怒号ぐらいで・・・。」
「ああ・・・そう・・・。 まあ、それなら良かった・・・わ・・・?」
 
色んな事で落胆するリリーと、申し訳なさそうにする職員に
隣でのんきに書類を読んでいたアッシュが指示を出す。
「じゃあ、明日、反乱軍の各部屋をチェックに行ってくださいー。
 怪しまれるとマズいんで、モニター部と連携してくださいねー。
 で、今回は確認のみで、一切手を加えないようにー。
 確認の様子はビデオに撮ってきてくださいねー。」
「はい、わかりました。」
 
「じゃ、その他の事はリリーさん、お願いしますねー。
 私はジジイにCラインかまして寝ますからー。」
「はい、お疲れ様でした。」
 
リリーがそう答えると、すべての職員が立ち上がってアッシュを見送った。
アッシュは、敬礼をしてから部屋を出たが
ふっふっふっ、ものすごい上官気分ーーー、と内心ホクホクだった。
 
 
続く。
 
 
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