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ジャンル・やかた 31

広くキレイな会議室の大テーブルの上には
アフタヌーンティーセットが置かれていた。

「で、この広いテーブルのこの隅っこで
 ふたり隣同士でせせこましく座るわけですかー?」
「ふたりで話すのに、何で5mも離れて座らにゃならんのじゃ。
 すまんが、近くで話をさせてくれんかのお?」
「セクハラしたら、はちくり回しますからねー?」
「ふぉっふぉっふぉ、わしもまだまだ長生きしたいんで
 そんなメデューサに言い寄るようなマネはせんわい。」
「・・・ついに化け物扱いですかいー・・・。」

「さて、この館の種明かしをするとするか。」
「私、返事しないけど聞いてますから、ひとりで喋ってくださいねー。」
アッシュがクッキーをボリボリ食い散らかす。
「わしゃ、いつ食えるんかのお?」
「あんたの話の長さ次第でしょうがー!
 いらん個人の感想は省いて、箇条書きで話せばよろしいー!」

ふうー・・・、わし、虐待されとるのお、と溜め息をついて
ジジイの独演会が始まった。

「ここには鉱山があるんじゃ。 質の良い鉱石が取れての。
 それでここら一帯は潤って、クリスタルシティができたんじゃ。
 あの街が、ここの母体じゃよ。」
「えっ? この先の村じゃなくて、あのおっきな街ー?」
「そうなんじゃ。
 この先の村は、クリスタルシティとここを繋ぐ拠点なんじゃ。」
「へえー、裕福なんだー。」
「そう。 その裕福さで、クリスタルシティは国の干渉を跳ね返し
 この館と村を隠し持つだけの権力を持っとるわけじゃ。
 名もなきあの村とこの館は、地図にも載っとらん。」

「この館は、元は孤児院だったんじゃ。
 鉱山の事故で親を亡くした子供たちのな。
 じゃが、技術の発達で事故も減って
 孤児が減る代わりに、身寄りのない者が住むようになってな。
 この国は、 特にこの地方は鉱山の利権争いもあって内戦も多かったし
 元々気性が荒い者が多い土地柄もあったんかのお。
 そんな中でも、戦争が終わっても社会に馴染めないヤツがいて
 犯罪を起こしたり、孤独死したり、まあ悲惨な人生を送るんじゃ。
 子供から年寄りまで、そんな経歴のヤツがここに来るんじゃよ。
 犯罪歴があって、身寄りのないヤツばかりじゃ。」

「えっ、でも、ローズさんとバイオラさんは姉妹ですよねー?」
「ああ、あの子らは親がいなくて、幼い頃から姉妹で
 盗みや引ったくりを繰り返して、ふたりでここに来たんじゃよ。
 ローズはまだ4~5歳じゃなかったかな。」
「はあ・・・、そうだったんですかー。」
「たまには、そういう子らもいるんじゃが
 ここは身寄りがないのが原則だから
 結婚したり、子供が出来たりしたら、出て行かねばならん。
 ここの事は一生秘密にせねばならんで
 それを破った者は暗殺される、という条件付きじゃがな。
 この守秘義務を守れる自信がない、とか
 一般社会で生きて行く勇気がない者は、一生をここで過ごすんじゃ。
 年老いて動けなくなった者や病気の者は、村の施設に移るがの。」

「思ってたより、重い背景なんですねー。」
「じゃないと、殺人ゲームなどせんじゃろ。」
ふぉっふぉっふぉ、とジジイが笑い、アッシュが引きつる。

「相続者はな、年に一度新聞紙面で募集を掛けるんじゃよ。
 『主 求む』 この一文のみでな。
 新聞がない時代は、張り紙をしたらしい。
 これに興味を持って、問い合わせてきた者の身辺を調査する。
 相続者の条件は、クルスタルシティ管轄外の出身者で
 一応、主候補じゃから、普通の家庭に育ち犯罪歴がない、は当然で
 そして一番重要なのが、身寄りがない事。
 最後に面接をして、選ばれた者が挑戦しに来る、ってわけじゃ。
 ここまでは全部、クリスタルシティの長老会がする。」

「ちょっとおー、うちの兄、身寄りがなかったですかあー?」
「その話は後でするから、ちょっと待っとれ。」

ジジイは紅茶をひと口飲んだ。
「むっ、濃いのお。 こりゃいかん! いかんぞ!」
アッシュがお湯をドバッと継ぎ足す。
ジジイ、無言の圧力に屈して、話を再開する。

「・・・クリスタルシティ長老会の最初の頃の思惑はの
 街に犯罪歴のある身寄りのない者を野放しにしておきたくはない
 だが、そんなヤツらが館で大人しくしておくはずもない
 そこで “相続” と称して、このゲームじゃよ。
 言わば娯楽の一環なんじゃ。」

「つまり “生け贄” だから、相続者はよそ者を選ぶんですねー?」
「そうだったのかも知れんなあ。
 じゃが、わしはそうはならなかった。
 来る者来る者をバッサバッサと・・・」
「誇張した武勇伝は後で聞きますからー!」

「う・・・む、えーと、何じゃったかな、とにかくな
 すべてをもみ消してもらう代わりに、口を閉じていなければならない。
 この館に関わってきた者は、すべてこの掟に縛られる。
 大昔からこうやってきたから、今更修正も出来んのじゃ。
 重ねた罪が膨大に膨れ上がってしもうとるからな。
 ここは、豊かなクリスタル地方の暗部なんじゃよ。」

「そのうち “事故” で、村ごと消されるんじゃないっすかー?」
「あんた、恐ろしい事をサラッと言うんじゃな・・・。
 じゃが、それをやっても無理じゃろう。
 ここを出て、子孫を作った者も多くいる。
 長老会にもそういう出がいて、ここを守っとるんじゃよ。
 わしも主を引退したら、長老会に入るんじゃ。
 3年主を務めて生きて交代出来たら、引退後に恩給が出る。
 15年務めたら、長老会に入る資格が貰えるんじゃ。
 わしゃ、余生はクリスタルシティで権力ライフじゃよ。」

「なるほど、それが主の特典なんですねー?」
「そうじゃ。
 昔は交代にも一騎打ちが必要じゃったが
 わしの前の代が、長老会を説得しての。
 それでこんな、かくれんぼみたいなルールになったんじゃ。」

「あれ? かくれんぼだったら、見つかっても死に掛けないんじゃー?」
「アホウ! 見つかって、はい終わり、なわけないじゃろ!
 扉を開けたら、刃物が飛び出るぐらいの仕掛けはするわい。
 それで負傷したヤツが、事もあろうに逆上してな
 あやうく殺されかけたが、わしの剛力で返り討ちにしてやったわい。」
ジジイが大威張りしているとこに、アッシュがおそるおそる訊ねる。

「下の部屋、どこが本来の入り口だったんですかあー・・・?」
「あそこは管理人室側のドアから入るんじゃ。
 わし以外の掌紋のヤツが入ると、矢が6本飛んでくる予定じゃったが
 あんた、壁を壊して入って来たからのお。
 まあ、その運の良さも主になるには必要、という事なんかのお。」

高笑いするジジイの横で、アッシュは青ざめていた。
そしてこの時ほど、自分の粗暴さに感謝した事はなかった。

あああ、あそこが主の部屋の入り口と推理する知能がなくて良かったーーー
そんで、行儀良くドアから入る礼儀を持ってなくて
ほんとーーーーーーーーーに良かったあああああああああああああああ!

続く。

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ジャンル・やかた 32

「そんで、募集の話じゃが」
ジジイが続ける。

「昨今は活字離れで、新聞も読まれなくなったんじゃろうなあ。
 年に一度の募集で誰も来ない事もある。
 来るヤツもかなり減ったんじゃよ。
 しょうがないんで、数人募集にきた時など
 面接での合格者を複数出して、順番待ちをさせる事もある。
 そんな人手不足の時に来たのが、あんたの兄ちゃんじゃ。」
「偶然、なんですかー?」
「偶然じゃろうなあ。」

何て疫病神な兄なんだ、と、アッシュがガックリと肩を落とす。
「で、異国に妹がいるのはわかったんじゃが
 グレーは長く放浪してたんで、身寄りがないも同然、となってな。
 なんせ、その時は他に誰も来てなかったんでな。」
斜め下から睨み上げるアッシュに、ジジイが慌てて首を振る。
「わしが決めたんじゃないぞ、長老会じゃぞ。」

「いやの、わしもそろそろ隠居したくなっちゃってのお。
 グレーには期待してたんじゃよ。
 風変わりだけど頭は切れるし、わしゃ飲み友達だったんじゃよ。」
「兄は何か有益な情報を握ってたんですかねー?」
「・・・多分、わしが主だというのは薄々気付いてたはずじゃ。」
「これ、何のヒントですかねー?」
アッシュは写真を腹から出した。

「あんた、それ今どっから出した?
 うっ・・・、ホカホカしとるのお・・・。」
「いいからー! 裏には漢字で “歴史と伝統” と書いてありますー。」
「これ、どこで入手したんじゃ?」
「あんたらが見落としてたとこからですー。
 もう、そういう事はいいからー!
 これどういう意味だと思いますかー?」

「うーん・・・、ここらへんの城主は自室は2階にあったもんなんじゃ。
 現代は最上階とかに住みたがるらしいが
 城を持っている者は、いくら増築をしても伝統を守って
 いるべき場所にいる、とでも言いたかったんかのお?
 ま、わしは途中で最上階に移ったけど、結局は1階に戻ったんで
 当たってると言えば当たってるんかいのお?
 グレーはわしの移動記録など知らんはずじゃしの。」
「旧館を調べろ、って事を伝えたかったんですかねえー?」
「・・・さあな。 あの男も、わけわからんとこがあったからのお。」

まったく、今になっても意図が判明しないなど
どんだけわかりにくいヒントだよ?
兄、ちょっとバカじゃねえ?

この写真がなければ、エレベーターに気付いた時に上階に行ってただろうから
攻略できたのは、この写真のお陰といえばそうかも知れないけど
それにしても、運が良かった、以外の言葉が思いつかない。

「そんで、どういう経緯で私に相続話がー?」
「・・・うん・・・、それは驚きじゃったよ。」
ジジイは、しばらく遠くを見つめた。

「おーい、お迎えがきましたかー?」
「ちょっと回想してただけじゃ!」
「あー、ビックリしたー。
 年寄りなんだから、突然黙り込んだり動かなくなったりしたら
 間違われて埋葬されかねませんよー、気をつけてくださいねー。」
「あんたは・・・・・。」
「日本は何と火葬なんですよー。
 こっちは気が付いたら地中だった、だけど
 日本じゃ気が付いたらあたりが火の海だった、ですからねー。
 まあ、どっちもヤですけどねー。」

ジジイは怒りを抑えつつ、話を戻した。
「グレーは遺言書を作っておったんじゃ。
 それも法にのっとった正式なものをな。
 どういうつもりで、あんたに相続させたかったんかはわからんが。」
「この館の中でそういう事が出来るんですかー?」
「普通は出来ん。
 じゃが、グレーはリリーと付き合っておったんじゃ。」

「ええええええええええええええーーー?」
リリー? あの香水女?

「そ、それは、ここに来てからですかー?」
「うむ。」
「以前からの知り合いとかじゃなくてー?」
「うむ。」
「ここにいる数ヶ月の間でー?」
「うむ。」

兄ちゃん、何て手の早い・・・。
呆然とするアッシュに、ジジイが同情の眼差しを向けた。

続く。

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ジャンル・やかた 33

「で、リリーさんと付き合うと、何で遺言できるんですかー?」
「それはな、リリーが弁護士だからじゃ。」
「え? 秘書じゃないんですかー?
 てゆーか、元犯罪者なのに弁護士になれるんですかー?」

「秘書みたいなもんじゃが、正式には弁護士なんじゃ。
 元犯罪者でも弁護士資格は取れるが、リリーは犯罪者ではない。
 ・・・ここには何人か、長老会から派遣されて来ている者がいるんじゃ。」
ジジイは、アッシュに顔を近づけて声をひそめた。

「ああー、そうですよねー。
 元犯罪者の集団と、関係ない一攫千金狙いのよそ者だけに
 街のおおごとな恥部を任せられませんもんねー。」
「・・・あんた、言いにくい事をサラリと言いよるな・・・。」
「だってどう表現しようと、汚物はしょせん汚物でしょー。
 キレイ事でまとめるには、ここは黒すぎますよー。」

無表情で答えるアッシュに、ジジイがうなだれる。
「そうなんじゃよ・・・。
 ここは色々とありすぎた・・・。」

「んで、遺言書の話の続きはー?」
「あんた、わしの苦悩を無視かい?」
「あ、それについては、後でじっくり責めてあげますからー。」
「え? わし、まだイジメられるの?」

その言葉にアッシュは、獲物発見! と言わんばかりに
目をイキイキと輝かせた。
「ほおー、まだ被害者ヅラできる立場だと思っているようですねー。
 これは念入りに責め上げてさしあげないといけないようですねえー。」

泣きそうになっているジジイに、アッシュはまくしたてた。
「で、兄はリリーさんに協力してもらって、遺言書を作ったんですねー?
 それ、違反行為になりませんかー?
 しかも街からの監視者のリリーさんが、そんな事に協力しますかねー?
 その話、何かおかしくないですかー?」

「・・・・・・・・・」

ジジイは、黙り込んでしまった。
アッシュは、そんなジジイの様子を気にするともなく紅茶を飲み
皿から取ったハンバーガーを開き
ピクルスをつまみ出してペッと皿に投げ捨ててから、かじりついた。

「ピクルス、嫌いかね?」
「自分が不味いと感じるものは嫌いですねー。」
「明快じゃな。」
ジジイは再び無言になった。

どれだけの時間が経っただろう。
ジジイがようやく意を決したように、アッシュの方を向いたら
アッシュは椅子の背もたれにもたれかかって、大口を開けて寝ていた。
しかも、よだれまで垂らしている。

ジジイの堪忍袋の緒がブチッと切れた。
「こらっ! 起きんかい!
 何じゃ、そのだらけた態度は!
 今わしがどんだけ悩んでいたと思ってるんじゃ!」

アッシュがムニャムニャと寝呆けながら言う。
「えー・・・、寝せてくださいよー。
 私には、もう二度と安らかに眠れる日は来ないかも知れないのにー。」

アッシュが何気なく発したその言葉が、ジジイに突き刺さった。
「・・・あんた、バカなのか利口なのか、どっちなんじゃね?」

「もちろん、どっからどう見てもバカなのには異存はないでしょうけど
 実は超ド級クラスの大バカだった! という救えんオチでしょうよー。
 特に私がこれからしようとしている事を考えるとー。」
ヘラヘラ笑うアッシュに、ジジイが険しい表情で問う。
「一体、何をしようと思っとるんじゃ?」

「んーとですねー。」
アッシュが説明するのを、ジッと聞いていたジジイだったが
話が終わると、再び頭を抱えてしまった。

アッシュはそれを見て、ヤレヤレと
今度は椅子を3つ並べて、その上に横になってグウグウ寝始めた。
ジジイは立ち上がり、窓際に立って空を仰いだ。

この館の運命の歯車が、突然回り始めた気がするのお・・・。

続く。

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ジャンル・やかた 34

「こりゃ、起きるんじゃ!」
「んー、長考終わりですかー?」
「うむ。」

アッシュがアクビをしながら起き上がると、ジジイが早速話し始めた。
「予定外じゃったが、あんたにだけは本当の事を話そう。
 ここでの話は、お互いに他言無用なのはわかっとるな?」
秘密の多いジジイだな、と思いつつアッシュがうなずく。

「グレーは本当に偶然にここに来たんじゃ。
 そして早々とわしが主だと気付き、部屋の場所も言い当てた。
 グレーとは、一緒に飲むうちに気が合ってな。
 わしはグレーに相続させるつもりじゃった。
 グレーとわしの、この館のシステムを変えたい想いが
 同じじゃったからじゃ。
 じゃが何度話し合っても、相続後の良いやり方が思いつかなかった。
 改革方法が定まらん内に相続しても、危険なだけじゃからな。
 だからグレーはあんだけ時間が掛かったんじゃ。」

「それはリリーさんやローズさんも知ってたんですか-?」
「いや、グレーとわし、ふたりだけの秘密じゃった。
 ・・・と、わしは思っておった。
 グレーとリリーが仲良くなってたのは知ってたが
 まさか付き合ってるとまでは思わなんじゃ。」
ジジイは、ちょっと怒ったような顔になった。

「わしがふたりの関係を知ったのは、グレーがあんな事故で死んだ後じゃ。
 その時に、遺言書の存在をリリーから知らされた。」
心情を悟られたくないのか、両手で顔を覆って溜め息をついた。

「『私とグレーは愛し合っていました。
 グレーは万が一の時のために遺言状を作っていました。
 作成したのは私です。 グレーの願いを叶えたいんです。
 私はこれを長老会でお願いしようと思うんです。』 とな。
 んで、近年の応募者が少ないもんで、通ってしもうた。」

あらら、ジジイ、肝心なとこで仲間外れかい、とアッシュは同情した。
「正直に言うが、わしは怒っとったよ。
 グレーにもリリーにも。 そしてあんたにもな。」
「ええーーーっ、私、あおりをくらってるんですかー?」
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ってもんじゃ。」

「ズバリ聞きますけど、私をマジで殺そうと思ってましたよねー?」
「うむ!」
「『うむ!』 じゃねえーーーーーーーーっ!」
アッシュはいきなり立ち上がって、ジジイの頭をパコーンとはたいた。

「あああああんたっ! 目上の人に対して何ちゅう・・・」
頭を抑えて目をパチクリさせるジジイを、アッシュが一喝した。
「命を狙うヤツは目上じゃありませんーっ!」

「・・・すまんじゃったのお・・・。
 実はあんたが部屋を見つけても、絶対に殺すつもりじゃったんじゃ。
 じゃがあんたの入り方が、あまりにも意外すぎたし
 あの裂け目から出た鬼のような形相に、心底恐怖を感じてのお
 つい思わず花火ボタンを押しちゃって、相続達成、じゃったんじゃよ。」

「じゃあ、今も殺すモード全開ですかあー?」
「あんたとグレーは実の兄妹なんじゃよな?」
「はい、これ以上にないぐらい兄妹ですー。」
「しかし、あんたはグレーと全然違うな?」

アッシュはその言葉に軽く目まいがした。
「・・・ジジイーーー・・・、勘弁してくださいよおー。
 怒りに目がくらんで、ミソもクソも同じ見えるかも知れんけど
 その歳でそんな中学生みたいな事を言っててどうすんですかー。
 脳みそが1個ありゃ個人なんですよー。
 脳みそ2個だと、それはもう別人ですよー。」

ジジイが深くうなずいて、つぶやいた。
「あんたのその明快さが、わしの閉ざされた心を開いたんじゃ。」
その言葉に、アッシュが爆発した。

「いかにも良い事を言ってるつもりでしょうけど、とんだ花畑脳ですよー?
 何のフラワーガーデンフェスティバル開催中ですかー?
 はっきり指摘しちゃりますよー。
 あんた、親友と側近にハブられて、スネて
 関係ない私にまで害を及ぼそうとしただけなんですよー?
 ハナから私も同類だと決め付けてねー。
 あんたも、いたらん人間関係で悲劇でしょうけど
 私もチャンガラな身内を持って、ほんとマジもんの惨劇ですよー。
 これってお互い、同じような境遇なんじゃないですかー?」

アッシュの怒りにおされつつ、固まっていたジジイだったが
希望に燃えた瞳を熱く輝かせて、叫んだ。
「よし、わかった! あんたを信じて賭けるとしよう!」
「信じんで良しー!」
「えええー? 今更拒否るんかい!」

「人をパッカンパッカン殺しといて、何が信じる信じられるですかいー!
 いい加減、そういうフツーの人間っぽいフリはやめましょうやー。
 私たちは罪人なんですよー?
 私はこれからその贖罪で、この館のために手を汚しますー。
 あんたの償いは、私を助ける事ですー。
 自分の正義や感情を大事にしてる場合じゃないんですよー。」

「わしたちは罪人か・・・。」
ジジイはアッシュの目を見据えた。
「それが現実なんですー。
 いい加減、目を覚ませ、ジジイー。」
アッシュはジジイの目を見返して、言い捨てた。

ジジイは、一番言われたくない言葉を聞いた気がした。
あまりにも長い間、ここに居すぎたせいか
そんな事を考えた事もなかったのだ。

わしも潮時というやつなのか・・・。
“跡を継ぐ” その意味をわかってて、この嬢ちゃんは言っている。
グレーがこの妹を寄越してくれた事は
結局はわしの救いにもなるんかも知れんな。

嬢ちゃん、頼むな。
ジジイは心の中でそうつぶやくと、再びアッシュの顔を見て
ゆっくりと深くうなずき合おう・・・としたが
アッシュはハムサンドのハムを、必死に抜き出してる最中だった。

「・・・あんたと親交を深めるのは、中々難しそうじゃな・・・。」
ジジイが嘆くと、具なしサンドをくわえたアッシュが
またバーサク状態になった。

「そのペースの遅さには、こっちが文句を言いたいですよー。
 まったく年寄りってやつは、いちいち感慨にふけらにゃ気が済まんし
 すぐ電池切れを起こすし、ほんとイライラさせられますよー。
 全力疾走し続けるか死ぬか、どっちかにしてくださいよー。
 あっ、この食い残しのハンバーガー、食べといてくださいねー。
 このピクルスとハムもー。
 次の主が行儀が悪いなんて、示しがつかないですからねー。
 協力、よろー。」

ダメ出しにつぐダメ出しの上に、残飯処理係任命で
ジジイの心は張り裂けそうだった。

年寄りには刺激の強すぎる急展開の連続である、

続く。

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ジャンル・やかた 35

「私の計画を、長老会に提出しようと思いますが
 通りそうですかー?」
「うーん、長老会もここの事は悩ましい問題じゃからのお。
 持っていき方次第じゃろうな。」

「では、リリーさんにだけは協力を仰ぎましょうよー。」
「ん・・・、それが良いじゃろうな。
 じゃあ、リリーを呼ぼう。」
ジジイは、電話を取った。

ジジイがかじりかけのハンバーガーに、ピクルスをはさみ直して食っていると
程なくして、リリーがやってきた。
「あっ、ほら、人が来た!
 さっさと食って食って。」

せかすアッシュに、ジジイは喉を詰まらせつつ
紅茶でハンバーガーを丸呑みする。

ほ・・・ほんとに死ぬっちゅうに!
顔を真っ赤にして胸をドンドン叩くジジイを、いぶかしげに見ながら
リリーは、ふたりにお辞儀をした。
「主様、お疲れ様でした。
 そして新しい主様、おめでとうございます。」

「ゴホッ うむ。 ゲホッ そなたも長年ご苦労じゃった。
 今後は新しい主をよろしく頼む。 ゲホゲホゲホゲホ」
ジジイが咳き込みながらも、何とか体裁を保とうとする。

「よろしくお願いいたしますー。」
アッシュがブリつつ頭を下げると、リリーも頭を下げた。
「こうなったのも、私のせいだと申し訳なく思っております。
 精一杯仕えさせていただきますので
 こちらこそよろしくお願いいたします。」

リリーが椅子に座って、バッグを開けた。
「では、今後の引継ぎの予定ですが
 まずは長老会へおふたり揃ってご出席いただいて
 承認されたら、この館での交代の式典になる、という事です。」

書類を次々に出しながら言うリリーを、ジジイがさえぎった。
「その前にな、嬢ちゃんの話を聞いてほしいんじゃ。」
「・・・? はい、何でしょう。」
「えーと、この館の今後の運営方針ですけどー・・・。」

話を聞き終わったリリーは、あっけに取られていた。
この兄妹、やっぱり似ていないわ・・・、そう思えて
妹を推したグレーの真意がどこにあったのか、わからなくなった。

相続中の言動を見ていても、“変わっている” 以外の
何の感想もなく、主の資質の片鱗さえ見い出せなかったのに
まさかこんな筋書きを立てていたとは。

この計画に加担しても良いものだろうか・・・
リリーは激しく混乱し、迷っていた。

「兄は遺言状を頼んだ時、何て言っていましたー?」
アッシュのふいの問いかけに、リリーは慌てて
つい一番印象に残っている言葉を言ってしまった。

「『俺がダメでも、妹がやるだろう。』 と・・・。」
しばらく考え込んでいたアッシュだったが、テーブルにダラーッと伏せた。
「あー、そうですかー。 なるほどー、そうだったんですかー。」

「どうしたんじゃね? 何かガッカリしとるようだが。」
「もーーーーー、果てしなくガッカリですよーーー。」
テーブルに伏せたまま、顔だけジジイの方に向けて怒る。

「私は今まで、兄が私に相続させたかったんだと思ってたんですー。
 いくら音信不通でも、兄妹ですからねー。
 私のために何かを残したい、って気持ちはあったんだな、とー。」
「ん? そういう事じゃろ?」

「いえ、違ったんですー。
 兄の性格から言っても、この館の人たちを助けるなんていう
 ボランティア精神など、微塵も持ち合わせていないはずなんですー。
 他人は他人、という冷淡なヤツですからねー。
 でも一応私は妹だから、ちっとは気遣ってはくれてたんですよー。
 迷惑は掛けないように、程度ですがね-。
 なのに、こんなデス・ゲームに私まで巻き込もうとしたのはー」
アッシュはジジイとリリーを順番に指差した。
「兄はあなたたちを助けたかったんですねー。」

ジジイとリリーは、あまりの驚きに言葉も出せなかったが
アッシュは構わずに嘆き続けた。
「はあー、おかしいと思ったんですよー。
 あの兄が私に何かを残そうとするなんてー。
 んで、蓋を開けたら、バトルでしょー?
 もう何なのか、さっぱりわからなかったんですが
 おまえ、あとよろー、って事だったんですねー。
 『俺に頼るな』 と常々言っていたくせに
 最後の最後にそういう自分が、私に頼ってきやがったんですよー。
 持てるコマはすべて使おうとねー。
 ああー、すんげえ腹立つけど、やっと謎が解けてスッキリー。
 でも、やっぱムカつくーーー!」

アッシュがテーブルに突っ伏してブツブツ言ってる側で
ジジイとリリーは背を向けて、悟られないようソッと目を拭った。

それを目ざとく見つけたアッシュは、容赦なく突付いた。
「あんたらは良いですよねー、思いやってもらってー。
 私なんか実の妹なのに、問答無用で命を賭けさせられて
 もう血の絆って何なのか、ほんと人間不信になっちゃいますよー。」

ジジイとリリーが慌てて慰める。
「そんな事ないですよー、グレーは常々あなたの事を言ってましたもん。」
「そうじゃそうじゃ、わしも聞いた。」
「ほお? 何てー?」

ジジイとリリーが、ウッと詰まって
おまえが言え、いやおまえが言え、という風に目で押し付けあう。
「えっと、『可愛い妹だ』 みたいに?」
「そうじゃそうじゃ、褒めとったよな?」

「う そ で す ねーーーーーーーーーーーーっっっ!」
アッシュの大声断定 (しかも図星) に、ふたり揃って黙り込む。
「もう良いですよー、人生なんてこんなもんですー。
 はあー・・・、ほんと情けなー・・・。」

「でも、グレーにとっては、あんたが最後の切り札じゃったんじゃろ?
 実力を認められていた、って事じゃないのかね?」
その言葉を、アッシュは鼻で笑った。

「そんなんねー、長子のヒガミ発端ですよー。
 可愛がられる末っ子を、こいつは運が良いとか
 努力しなくても皆に好かれるとか、錯覚してただけですよー。」
「あんた、ムチャクチャ言いよるな。」

「末っ子は末っ子なりに大変なんですよー?
 お兄ちゃんがひとりっ子じゃ寂しいだろうからあなたを作った、とか
 お兄ちゃんはもっと出来が良かった、とか言われてー。
 まったく親の不用意な言葉って、どんだけ子供の心に傷を残すかー。」

「う・・・、まあ、誰しもそれぞれ事情はあるわな。」
ジジイはヤブを突付いて大蛇を出すようなマネはやめた。

「で? 私への惜しみない協力、もちろんしてくれるんでしょうねー?」
「もちろんです!」
「命をかけてサポートするぞい!」

「あんたら、腹くくってくださいねー。」
アッシュは静かな口調だったが、それが逆に凄みを増した。

続く。

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ジャンル・やかた 36

ジジイが壇上から降りてくる。
お疲れさん、の声と拍手が会場に響く。

「では新しい館の管理者、アッシュ様。」
名が呼ばれ、ゆっくりと壇上に上るアッシュ。
うって変わって会場は静まり返った。
アッシュは人々の顔を見渡し、口を開いた。

「あなたたちは何のために産まれてきたんですかー?
 あなたたちは何のために生きているんですかー?」

ハウリングが起こるほどの大声に、会場が揺れ全員の目が見開いた。
構わずアッシュは拳を振りつつ、がなり続ける。
「幸せって何ですかー?
 食って飲んで寝る事ですかー?」

ジジイとリリーは、その姿を見ながら
ここまで来るまでの経緯を思い返していた。
長老会に出席した時も、アッシュの考えに誰もが驚いた。

「人心を制するには、恐怖が一番なんですー。
 恐怖とは畏怖、つまり宗教ですー。
 それは、あの館の暗い歴史を悔いて罪を償う
 という風にも見られて、一石二鳥ですー。
 あの館を、贖罪の場へと生まれ変わらせるんですー。」

「宗教も力を持ちすぎると厄介ですから、既存の宗教ではなく
 道徳という名の “信仰心” だけを養わせるんですー。」

「館の住人たちが、道徳を、感謝の心を持てたら
 相続バトルをする必要もなくなりますー。」

アッシュから立て続けに出てくる言葉の数々に、圧倒されつつも
長老会メンバーが疑問を投げかける。
「だが、きみが出来なかったら、どうするんだね?」

「私で全然ダメだったら、別の救世主を登場させれば良いだけですー。
 もし私が良い線いってるのに、途中でコケた場合は
 都合の良い逸話をでっち上げて
 私の名前だけを残して、シンボルに仕立て上げれば良いんですよー。」

長老会の議論が、思いのほか短かったのは
誰もがあの館の姿にウンザリしていたせいだが
アッシュの不思議な押しの強さも影響している、とリリーは感じていた。

東洋人独特の無表情さで、物静かな印象を与え
しかも喋り方もゆっくりで間延びをしているのに
話す内容は、歯に衣着せぬ表現でダイレクトに伝わる。
このストレートな物言いが、吉と出るか凶と出るか。

アッシュの存在が、この計画の鍵になる事を全員が危惧していた。
誰よりも、発案者であるアッシュ自身もである。

とにかく、勢いで突っ走るしかない。
大声は出したもん勝ちなんだよ!!!

アッシュは、大きく腕を振り回しながら叫び続けた。
「それで良いのか、自分自身に問うのですー!!!」

続く。

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ジャンル・やかた 37

「皆さん、こんにちはー。
 今日は雨が降っていますねー。」

アッシュは講堂で、習慣になった昼の演説をしていた。
住人の前で初めてシュプレッヒコールを上げたのは
2年前の主交代の式典の時で、玄関ホールに急遽作られた壇上だった。

あの時住人たちは、疑問を投げつけられた気分になって
全員が神妙な面持ちで、式典は終わった。

その時から毎日昼1時になると、こうやって壇上に立って話す。
夜勤の仕事の人もいるので、一番無難なこの時間を選んだ。
アッシュの話はスピーカーで館敷地内全域に流れるのだが
講堂に来て聞く者も多い。

有名な逸話や自分の経験談を、面白おかしく語りつつも
倫理観を練り込んでいるので、毎日聞いていると
自然にその方向に思考が流れるようになる。
地味で気長な洗脳である。

2年前のあの日から、館の大改革が始まった。
まずは、館の大掃除を命じた。
“清潔な環境が清らかな心を育む” というスローガンでだが
単にアッシュが潔癖症なだけだった。

館を覆い尽くしていたガラクタは、分別され
売れる物はすべてネットオークションに出した。
骨董的価値があるものも多かったので、意外な収入になり
その売り上げで、館の改修工事の費用の一部を捻出できた。

この作業はゆうに1年以上掛かったが
ヒマがあったら掃除に明け暮れた住人たちは
美しくなっていく館に自分を投影し、味わった事のない達成感を得た。
アッシュは、それを褒めて褒めて褒めまくった。

同時にリリーの香水使いも終わった。
「ゴミの臭いが移ったまま、外を出歩きたくなかったんです。」
リリーは、ゴミ臭より香害を選んでいたのだった。

情報は制限しても入ってくるものだし、自分で選んだつもりになってもらおう
そう思って、パソコンルームも完備した。
携帯のアンテナも設置し、電話線も引いた。
門もドアも図書室も開放した。
住人全員を収容できる講堂も館の西側に新たに作った。
玄関ホールの奥から渡り廊下を通って行ける。

自分がどこに所属しているのか、自覚を持たせるために
全員にキレイな色の制服を支給した。
農業は緑、工業は青、食系は黄色、清掃はオレンジ、事務は黒
といったように、各職、色を取り揃えた。

外装と玄関ホールは伝統を守るために、古いつくりのままにしたが
公共の部屋は幸福感を感じるように、ポップなインテリアにし
植物をいたるところに配置し、館の周囲にも花壇を作った。

これらの設計や配置は、住人たちの希望を取り上げ作業をさせた。
自分たちで作り上げた、という錯覚によって
館の維持に、義務と責任を持たせるためである。

あー、妙な宗教や詐欺の本を読みまくっといて良かったー
まさかそのいらん好奇心が役立つ日がこようとは
ほんと知識にムダは何ひとつないよな。

アッシュは自分の言動に正義など、ひとつも感じてはいなかった。
平和 = 正義 だと思えるヤツは、最初から平和の中にいるんだよ
平和を目指そうとしたら、どっかで手を汚さなきゃならない。
そういう汚れた環境だからこそ、平和を目指そうと思うんだし。

相続の最中から、この考えにブレはなかった。
揺らいで迷って自分を責めて生きてきたアッシュが
ブレないなど、そこがもう本来の自分ではないのだが
そんな事に目を向けると、感情ですべてが崩れ落ちるので、しない。
アッシュの “腹をくくる” とは、そういう事を意味していたのである。

この強気がいつまで続くかわからんけど、とにかく出来るだけ突っ走らねば
アッシュには、脳内チキンレース真っ最中な日々だった。

続く。

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      ジャンル・やかた 38 09.12.18

ジャンル・やかた 38

「主様、お疲れ様でした。」
壇上から降りるアッシュに駆け寄ったのは、デイジー。
恋人を殺され、食堂でアッシュに抗議したあの女性。
アッシュが今の改革法を選んだきっかけである。

あの食堂での一件以来、泣き暮らしていたデイジーだったが
アッシュの就任演説を聞いて、面会を申し出てきた。
会いに来る相手が誰だか知らされたアッシュは、沈痛な面持ちで出迎えたが
デイジーはアッシュの顔を見るなり、駆け寄った。

「あたし、わかったんです、このままじゃいけないって!
 あの人が死んだのは、この館のくだらない因習のせいでした。
 それをあなたは本当に変えようとしてくださっている。
 あの人のためにも、あたしもあなたに協力させてください!」

アッシュの両手を握り締め、涙を流しながら切々と想いを伝えるデイジーに
これから、この館中のヤツがこんなんなるかも知れない・・・
と、アッシュは内心ドン引きして、くじけそうになったが
それに耐えられなければ、この計画の成功はない。

「これからも大変な想いをさせるかも知れないけど
 一緒に頑張りましょうねー。」
と、口先だけのキレイ事を言って、デイジーの手を強く握り返した。

無表情なのは、この上つくり笑いまでせにゃならんとなったら、ほんと無理!
と、思ったので、諦めて無表情をウリにする事にしたからである。
出来ん事は、論点をずらして正当化すれば何とかなるもんだ
アッシュは、そこらへんの悪巧みだけには長けていた。

デイジーはその時以来、アッシュの “お世話係” になった。
食事や洗濯、掃除など、身の回りの世話を甲斐甲斐しく焼いてくれるのだ。
リリーは秘書だし、ローズは相変わらず護衛だし
アッシュの周囲は、女だらけの大運動会であった。

「現主、頑張っとるか?」
講堂の椅子から立ち上がったのは、元主のジジイである。

「ジジイ、また来たんかいー。
 徘徊するようになったらヤバいぞー。
 いい加減何もかも諦めて、さっさと死にさらせー!」
真顔でサラッと言うアッシュに、周囲がドッと笑う。
良い人キャラも、初手からあっさり放棄しているアッシュであった。

「やれやれ、相変わらずじゃのお・・・。
 どれ、茶でも飲みながら、近況を語り合おうじゃないかい。」
アッシュはデイジーに言った。
「ごめんけど、ジジイに粗茶の出がらしをー。
 私はカフェオレをお願いできますかー?」
「はい、かしこまりました。」
「あっ、デイジーちゃん、わしにはスコーンもー。」
「スコーン、おとといのがあったよねー?」
追い討ちをかけるアッシュをジジイが睨み、周囲はまた笑いに包まれた。

アッシュの書斎で、ソファーにどっかり座るジジイ。
「はー、ええのおー、こんなキレイで広々とした部屋で。」
アッシュは突っ込みたくて口の端がムズムズしたが、こらえた。
ジジイいじりはキリがないからだ。

「順調なようじゃな、長老会でも評価が高いぞ。」
「いえ、そうでもないんですよー。
 不穏分子が何人かいますし、まだまだ安定はしていませんねー。」
「そういう輩は、風通しに使えば良いんじゃないのかい?」
「問題は、私がまだ確固たる立ち位置を築けていない事なんですよー。」

ノックの音がしたので、ジジイが 待て、と手を立てる。
アッシュがうなずいて 「どうぞ」 と声を掛けると
デイジーがお茶と茶菓子を持って入ってきた。
「あれ? ジジイの紅茶、ちゃんと色が着いてるじゃんー。」
「あんたはっ!」
アッシュにジジイが、ゴスッとゲンコツをかました。

デイジーが出て行った後、再び真面目な顔で話し合うふたり。
「どこに不安があるんじゃ?」
「反感を持っている者たちは、グループではないんですけど
 ひとりリーダー格のヤツがいて、それがまた若いはイケメンだは
 しかも私より人格者で頭が切れるっぽいんですよねー。」
はあー、と溜め息を付くアッシュ。

「あんた、割と自分を客観的に分析しとるんじゃなあ。」
「・・・あんたが私なら、自分の事を
 ピチピチ娘で絶世の美女で天使のような性格で天才だと思えますかー?」
「・・・・・・・・・」
「ただ、それだけの事ですよー。 分析するまでもないー。」

「いいいいいいや、わし的にはあんたはとても可愛いと思うぞ東洋人は若く見えるしそれにあんたはそこまで悪人じゃないし割に良い性格いやイイ性格ってわけじゃなく付き合いやすくて良いという意味でそんで天才じゃないとか言うが確かにアホじゃが紙一重的な面もいやアホというのは愛情を持って言ってるわけで本当にそう思ってはいないとも言えんがわしはとにかく」
「いい加減、黙れ、クソジジイー!」

ジジイはビクッとして黙り込んだ。
「どうしても、ご自分の墓穴を掘りたいようですねえー。
 喜んでお手伝いいたしますよー? そりゃもう深ーく深くザックリとー。」
「い、いや、すまんじゃった。」

ほんに、こやつには適わんわい
ジジイはそう嘆きつつも、このやり取りを楽しんでいた。
“監視” の名目で、ちょくちょく館に来るのは
この罵り合いをしたくて、という理由もあったのである。

「で、どうするんじゃ?」
「結局、静観しか思いつかないんですよー。
 私がもっと頑張って、支持を得るしかないですよねー。」
「そうか。
 長老会の方は相変わらず日和見じゃが、あんたへの信頼は増しているぞ。
 この館がここまで何事もない日々が続くのも初めてじゃしな。」

「相続者システムはどうなりましたー?」
「誰も言い出さん。 募集も止まっておる。」
「今来られても困りますしねー。」
「そうじゃ。 炎が再燃する事は避けたい、というのは全員が一致しとる。
 おそらくこのまま、あんたが永代主になるじゃろう。」

その言葉にアッシュは慌てた。
「ちょちょちょっと待ってくださいよー、私、隠居なしですかー?」
「このまま行けば、この館にとってはそれが一番好ましい事じゃろ。」

「はあ・・・、そうですよねー。」
アッシュは背もたれにドカッともたれて、溜め息を付いた。

「私もあなたみたいな余生を送りたかったんですけど
 今死ぬか、来月死ぬか、みたいな時期に比べたらマシですもんねー。
 ちょっと安定が見えてきて、気が緩んでいたみたいですねー。」
天井を仰ぐアッシュに、ジジイが感心するように言った。
「あんた、見かけによらずストイックなとこがあるんじゃよな。」

アッシュがニタリと笑う。
「じゃなかったら、教祖様なんてやってられませんよー。」
「おぬしも悪よのお。」
「そなたもなー。」

ふたりでいかにも悪人ヅラをして、フォッフォッフォと笑った。
本気か冗談かわからない、ふたりの掛け合いである。

続く。

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ジャンル・やかた 39

すべての関係者が想像していたのと違って
ゆっくりだけど、順調にきていた館の改革だが
やはり悲劇は起こってしまった。

不穏分子のひとりが、行動に出たのである。
数m前に立ちはだかった男が握った銃を見て
アッシュはそれが何か、すぐにはわからなかった。
本物の銃など、触るどころか見た事すらなかったからだ。 日本人だもの

「おまえさえいなければ」
歪んだ表情で怒鳴りながら、男がアッシュに真っ直ぐと銃を向けた瞬間
パンと爆竹のような軽い音が鳴り、アッシュは左肩に衝撃を感じた。

う、撃たれた? と、恐怖に目を上げると
ローズが男に駆け寄って殴り倒し、周囲の人間が男に蹴りかかり
それがすべてスローモーションで展開されていた。

女性たちが叫びながら、アッシュの元に駆け寄る。
デイジーが泣き喚きながら、アッシュを抱き起こす。
アッシュは花壇に倒れ込み、ブロックで左肩を強打していたのだった。
そしてアッシュの傍らには、顔面を血に染めたバイオラが倒れていた。

葬儀はしめやかに行われた。
館の敷地内にある墓地の明るい一角に、バイオラは埋葬された。
アッシュがこの館に来て、4年目が過ぎたという頃で
墓地は色とりどりの花々が咲き誇り、蝶が舞っている。
気持ちの良い風が吹く5月の正午の光が、バイオラの墓標を輝かせていた。

葬儀の帰りに、初めてグレーの墓にも寄った。
異国の相続失敗者なのに、こんな立派な墓石まで立ててもらって・・・。
目を閉じて両手を合わせて祈り
顔を上げると、隣にジジイとリリーが立っていた。

「わたくしは、この隣に眠らせてくださいね。」
当初リリーは、アッシュの地位が安定したら辞めるつもりだった。
それをジジイには言っていたので、この言葉にジジイは驚いた。
そうか、こやつもここに骨を埋める決意をしたんじゃな。

涙の跡が残るアッシュの横顔を見つめて、ジジイは心の中で励ました。
アッシュよ、あんたはひとりじゃないぞ
背中を優しくポンポンと叩いてくれたジジイの意を
アッシュは珍しく敏感にくみ取っていた。

その日の演説で、アッシュは怒鳴り狂った。
何故こんな悲劇が繰り返されるのか
それを止めるにはどうすればいいのか
これはひとりの罪じゃなく、皆の罪なのだ
涙を流しながら、心を絞るように叫ぶアッシュのその姿は
まるで鬼神のようで、見ていた者は恐怖すら感じた。

最後にアッシュは、静かに語りかけた。
「私に異がある時は、どうか言葉で表わしてくださいー。
 意見が違うというのは、決して悪い関係ではないのですー。
 色々な感覚がないと、この世界は止まってしまいますー。
 どうか皆さん、自分の気持ちを大切にし
 それを私にも伝えてくださいー。」

講堂はようやく安堵に包まれたが、アッシュの腹の中は煮えたぎっていた。
何が意見だよ! 無法者の自分勝手な言い草だろうが!
言いたい事があるなら来てみろよ、全力で洗脳したるよ!!!

罵詈雑言を脳内で叫ぶも、アッシュは楚々と涙を拭いつつ
弱々しげな被害者ヅラを演出しながら、壇上を降りた。

その夜、アッシュは眠れなかった。
こういう時は、いつもローズの部屋に行く。
護衛のローズの寝室は、アッシュの寝室とドア続きになっている。

ドアを開けると、目の前にローズが立っていて
お互いに驚いて、うわっと悲鳴を上げた。
「前にもこういう事があったよね。」
アッシュも丁度それを思い出したところだったので、ふたりで笑った。

「お茶とクッキーはどうだい?」
「食べちゃいけない時間ほど、美味いと思えるんですよねー。」
キャッキャとふたりではしゃいで、ベッドの上でお茶をする。
「まったく、行儀が悪いったらないねえ。」
「たまには良いじゃないですかー。」
ふたりで肩を寄せ合い、クスクスと笑う。

「でね、その時にバイオラが言ったのさ。
 『あたしゃ鍋は作れてもパイは作れないんだよ』 ってね。」
真夜中なので大声は出せず、ふたりで腹を抱えて息を殺して笑う。
かと言えば、急にしんみりした気分になり、抱き合って忍び泣く。
妙なハイテンションで、爆笑と号泣を繰り返し、一晩中語り合った。

こういう時の月は、何故いつも丸くて美しいのか。
月明かりに浮かび上がるベッドの上のふたりの影は
まるで月にいるうさぎのようであった。

しばらくその月を見上げていたふたりだったが
長い沈黙の後、月を見つめたままローズがつぶやくように言った。
「これでもう、あたしの家族はあんただけになっちゃったよ・・・。」

アッシュも同じ気持ちだった。
ふたりの最後の血縁は、墓地に眠っている。

「あんたは、もうあたしの部屋に来ちゃいけないよ。
 これからは、ふたりだけではいないようにしよう。
 あんたは、皆の主にならなければいけない。」
「うん・・・。」

アッシュが素直に同意したのは、自信があったからである。
ふたりの関係は、今後何があっても揺らがない。

罪悪感に押し潰されそうになり、不安で眠れない夜は
いつもローズの部屋に夜中に行っては泣いていた。
ローズは起きているのか寝ているのか
何を言うでもなく、ただそこにいてくれた。
この時間があったからこそ、アッシュは人前で平静を保てていた。

だけどローズが生きてくれてるだけで良い
アッシュは、それだけでやっていける、と確信していた。

風に散る桜の花びらのように、光の粒が舞い降りる
そんな幻のようなきらめきの月の夜だった。

ふたりが最後に一緒に過ごしたのは、永遠を知った一瞬であった。

続く。

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ジャンル・やかた 40

銃撃事件から、後始末に追われる日々が続いた。
事件の方は、以前のように 内々に “処理” された。

親しい者が身代わりになったと言う事で
長老会は比較的アッシュに同情的ではあったが
やはり館の住人は、一旦切れると何をするかわからない
という不信感が、上の方で広がってしまったのである。

アッシュは、反抗的な住人を早くどうにかしろ
と長老会会議で度々突き上げられていた。
その方法を長老会のお歴々のメンバーと話し合うも
メンバーは何ひとつ知恵が出せない、という有り様である。

会議に出れば吊るし上げられ、館に戻れば周囲が暗殺を警戒する
ピリピリする空気の中、バイオラの死に責任を感じ
一時たりとも気の休まる事がない日々が続いた。

ジジイは長老会とアッシュとのパイプ役を、見事にこなしていたが
自分が長く務めすぎたせいもあって
今の長老会には、主経験者がジジイ以外にいないのが難点であった。

あそこは経験しなきゃわからん事も多いんじゃ
データや報告書だけでは判断など出来ぬぞ
ジジイは常々メンバーを、そうたしなめていた。

それは長老会の面々も自覚していたので
ジジイの言葉には信頼が置かれていたが
やはり想像以上の現実が、長老会を混乱させていた。

そもそも、“コト” が起きた時の隠蔽にだけ動いてきた長老会が
館の運営にこれほどまでに首を突っ込むのも、初めての事だったのだ。

リリーは会議の準備に奔走する中、情報集めをしていた。
館の電気関係に勤務する住人たちは、長老会所属であり
同じく “外から来た住人” であるリリーとは、同胞である。

モニタールームに詰めている職員に、住人たちの動きを探らせ
誰が反抗的な意識を持っているのか、不穏な動きはないか
つぶさにチェックさせていた。

ローズは “護衛” の肩書きを、名実ともに不動のものにしていた。
相続達成サポートの見返りに好きな地位を、のお達しに
「これまでと同じでいいよ。」 と、答えたのは
リリーと一緒に秘書をやるには、頭がない自分が
自然にアッシュの側にいられる唯一の職だからである。

その肩書きは、ローズの腕からしても誰もが納得するものだったが
戦いのない館になるのだから、閑職も同然のはずだった。

あたしも平和ボケしちゃってたね・・・
自分が気を緩めずに役目を果たしていたら、バイオラも死なずに済んだのだ
と、ローズもアッシュと同様に自分を責めていたのだ。

アッシュの書斎の隣にある護衛控え室には、アッシュのタイムテーブルや
住人たちの顔写真つき履歴リストを用意した。
ホルダーにハンドガンを入れつつも
やっぱりあたしにゃこれだよね、と大鋏をベルトに差し込んだ。

デイジーはアッシュの食器を下げながら、憂うつな気分だった。
アッシュの食欲が落ちているのである。
あんなに痩せてらっしゃるのに、これ以上食欲が落ちていったら
お体が心配でたまらないわ・・・。 ただでさえ激務なのに・・・
デイジーは重い足取りで厨房に向かう。

「あれ、また主様はこんなに残しなさって・・・。」
厨房の女性が声を上げる。
「そうなのよ・・・、もう心配で心配で・・・。」
キレイに残っている皿の上の料理を見て、デイジーは溜め息を付いた。

「以前は食堂に来てくださってたのに、あの事件以来止められてるらしいし
 主様のお姿が見えないと、皆も寂しいよねえ。」
厨房の女性の言う通り、襲撃事件からの警備の強化のせいで
アッシュは以前ほど自由にウロつけなくなっていた。

皆で仲良く平和にやれ始めていたのに、一部の人のせいで!
デイジーは、激しい怒りを覚えた。

そんな中、アッシュは館にいる間のほとんどの時間を勉強に費やしていた。
これまで以上に、演説に力を入れなければ!
そう考えたアッシュがネットで調べていたのは
「小論文の書き方」 であった。

おいおい、アッシュ、大丈夫かその方向性で???

続く。

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