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ジャンル・やかた Archive

ジャンル・やかた 21

目が覚めた時は、もう昼だった。
着の身着のままで寝ていた自分に、激しく驚いた。
普段のアッシュなら、どんなに疲れていても絶対にしない
いや、出来ない行為である。
着替えずに寝るなど、気持ち悪くて逆に眠れない。
それがここ数日で、2度もやっているのである。

ああ・・・、何か私の中で色々と芽生えてる気がする・・・。
いつもの型通りの自分の殻を打ち破った気分になり
ちょっと嬉しかったりするが、とりあえず風呂に駆け込んだ。

お手入れしまくって、クリーム塗りたくりの
ツヤツヤを通り越してテラテラの顔で、アッシュは食堂にいた。
夕食に近い時間の朝食なので、結構混んでいるのに
アッシュの周りだけ空間が出来ていた。

ここではいつもこんな調子で、遠巻きにされているのだが
それをアッシュ自身が好んでいた。

覇者は孤高でないと!
そう思いつつ、ボロボロ食いこぼしているアッシュの前に
若い女性がツカツカと一直線に歩み寄ってきた。

「・・・が死んだわ。」
え? 誰? と、肝心な部分を聞き逃した間の悪いアッシュは
目を丸くして、女性の顔を見つめたまま固まった。

「あんたのせいよ、この人殺し!!!」
その言葉を聞き、戦った相手の中にこの女性の親しい誰かがいて
その人がその傷が元で死んだのだ、とアッシュは悟った。

女性は涙をボロボロこぼしながら、悲鳴に近い声を上げた。
「相続者なんて言っても、結局人殺しじゃないの!
 人を殺してまで、この館が欲しいの? この人殺し!!!」

女性の語尾が響くような凍った景色のごとく静まり返った中で
しばらく女性を凝視していたアッシュが、ゆっくりと立ち上がった。

アッシュが低音で話し始めた。
「まずは、お知り合いのご冥福をお祈り申し上げますー。」
女性がカッと顔を赤らめて、怒鳴った。
「だったら何故こんな」

その声をさえぎる大声で、アッシュは続けた。
「この度は! 本当に! 残念な事だと思いますー!」

そこまで言うと、また声を抑えて語るように話し始めた。
「私にとっても今起こっている出来事は、非常に不本意ですー。
 あなたと同じように、私もまた “何故こんな” と思っていますー。
 本当に戦いたくなどありませんー。
 だけど、ひとつだけ言える事がありますー。
 私は自分を守るために、襲ってくる人には今後も立ち向かいますー。
 そして私の大切な人も、何をしても守りますー。」

アッシュは、周囲を見回しひとりひとりの顔を見つめた。
「あなたは私を襲ってきますかー? それとも助けてくれますかー?
 もし助けてくれるのなら、あなたは私の大切な人になりますー。
 私もこの命を投げ出してでも守りますー。」

どうですか? と、確認するかのように人々の目を見る。
誰ひとり口を開く者はいず、身動きひとつ取れない雰囲気が漂う。

「そして、もし私が相続できたとしたら
 もう二度とこんな残酷な方法は取りませんー。
 この館の住人全員が、私の大切な人になるからですー。
 大切な人を、もう失いたくはありませんー。
 もう二度と彼女のような “被害者” も出したくないのですー。」

あなたも同じ気持ちだと思います、と
泣き続ける女性を見つめて、アッシュは言った。

「本当に申し訳ありませんでしたー。
 心からお悔やみを申し上げますー。」
深々と一礼した後、女性の反応も確かめずアッシュは食堂を出た。
立ち去るときに、集まってきた群衆の中にローズを見つけたけど
一瞥しただけで、無言ですれ違った。

言いたい事を上手く言えなかっただけじゃなく
焦って妙な約束まで持ち出した自分が腹立たしく
自分の部屋へと、足早に歩き続けた。

食堂の中がまだ静まり返っているのを、背後で感じながら。

続く。

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ジャンル・やかた 22

アッシュはベッドの中で、天井を見つめていた。

はあ・・・えらいな大口を叩いてしもうたが、どうすんだよ?
守るとか戦いをやめるとか、一民間人に出来るわけがねえじゃん
相続したら、マジどうすんだよ?
つーか、相続できるかどうかもわからんわけじゃん
今日殺されるかも知れないんだし
相続後の事は、相続できてからで良いんじゃね?
まずは生き残る事を重点に考えるべきだろ
でも相続してからどうするか考えても遅くね?
反乱されて即死とかシャレにならんわけだし
今からでもボチボチ考えておいた方が良くね?
てか、今まさに命の危機なんだから
他の事に気を取られてる場合じゃなくね?
ああー、ほんと何であんなデカい口を叩いたんだか
こっちはしたくてしてるわけじゃないってのに
人殺し人殺し連呼されて、すんげームカついたんだよな
こういうのを墓穴を掘るっちゅーんだよー
でも、だったらどうすれば良かったわけ?
すいませんすいませんなわけ?
襲ってくる方が悪くね? あの女の人も八つ当たりじゃね?
でも親しい人が殺されたら、そりゃ怒るわな
気持ちはわかるし
でも戦争ってそういうもんじゃね?
そういうのも覚悟して参加すべきじゃん
てか、私、参加したくてしてるわけじゃねえし
だったら、さっさと殺されれば、戦闘は終わるわけじゃん
何でそんなんで私が死なにゃならんのだよ?
てか、私が死んでも次の相続者が来るわけじゃん
だったら、とっとと相続して、戦うシステムをなくせば良いんじゃん
だからそのシステムとか、どうすんだよ、って話じゃん

アッシュは、勢いに任せて振るった熱弁を、早々に悔いたせいで
てか、でも、だって、と思考を空転させまくって
一睡も出来ずに、一晩中悶々としていたのである。

しかも食堂の方では、夜遅くまでザワついていた。
自分が言った事に住人たちが反応してるんじゃないか、と思うと
恐ろしくて、部屋の外に出る気になれない。

ああ・・・何であんな事を言っちゃったんだろーーー
アッシュは布団をかぶって、ジタバタもだえ苦しんだ。

アッシュの想像通り、住人たちの話題はあの事一色だった。
アッシュが出て行った後の食堂は、しばらく静まり返っていた。
最初に口を開いたのは、ローズであった。

「あんたの彼氏を殺したのはあたしだよ、アッシュじゃない。
 恨むんなら、あたしを恨みな。
 だけどね、戦うヤツらは皆、覚悟してやってんだよ。
 自分で決めてやってるんだよ、強制じゃない。
 ま、あんたの気持ちもわかるから
 カタキをとりたいんなら、いつでも受けて立つよ。」

ローズは立ちすくむ人々を前に、堂々と声を張り上げた。
「来たいヤツは来ればいいさ。 返り討ちにしてやるよ!
 それがあたしの役目なんだ。」

再び沈黙の時間が流れた。
次に口を開いたのは、屈強そうな男だった。
「そうさ。 それが俺たちの役目だろう。
 恨まれるなんて、筋違いじゃねえか?」
それが開始の合図であるかのように、人々から次々に言葉がこぼれる。
「でもやっぱり知り合いが死ぬのは気分の良いもんじゃないだろ。」
「自分で決めたんだろ。」
「死ぬつもりでやってるわけじゃねえよ。」
「死ぬ可能性が充分にあると普通わかるだろう
 そんな事も考えずにやってるなんて、おまえバカか?」
「何だと、この野郎!」
「やるんかよ、このクソ野郎が!」

つかみ合いが始まり場が騒然となった時に、甲高い女性の声が響いた。
「でも!」
声の主は、まだ10代らしき可愛い女の子だった。
「でも、あの人は皆を守る、って言ってました。
 戦わなくて済むようにする、って。」

「そんなの出来るわけがないだろ。」
中年女性が失笑しながら、吐き捨てるように言った。
「まったくガキは夢見がちで目出度いさね。
 ここはずーーーっと、こういうしきたりなんだよ。
 ずーーーーーっと、そうやってやってきたんだ。
 それを変えるなんて、何も知らないよそ者のたわごとさね。」

「そうじゃ。 ここはずっとそれでやってきた。」
老人が部屋の中央に進み出た。
「主は全員よそ者じゃったのに、変えるなんて言ったヤツはおらんよ。」

老人のその言葉は、賛同とも批判とも取れるので
全員が次の言葉が見つからず、黙りこくってしまった。
食堂の中はおろか、廊下にまで人が溢れていた。
騒ぎを聞きつけて、南館からも住人が集まってきていたのだ。

続く。

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ジャンル・やかた 23

どおしって お腹って減るんだっろー

布団の中でブツブツと歌うアッシュ。
真剣に悩んでいたり、悲しんでいたりする時に
空腹になると、とても情けなくなる。

ちゃんと寝て目覚めた朝は、食欲がなくて困るのに
悩んで眠れない夜など、明け方ぐらいから腹が減ってたまらなくなる。
こんな時の油っこい麺類や駄菓子ほど美味いものはない。
あーーーっっっ、チャンポン食いてえー、亀せんべえ食いてえー
アッシュの悩みは、ここにコンビニがない苦悩へと変わっていた。

布団の端をガジガジ噛んでいると、ドアがゆっくり開いた。
ローズがソッと顔を覗かせる。

こいつは私にノックせえせえ言うくせに、自分は覗きまくりかよ
アッシュが凝視してると、ローズはニカッと笑った。
「あんた、夕べ寝てないだろ、腹が減ってるんじゃないかい?」

「やったーーー!!! ご飯ーーーーーーー!!!」
アッシュが喜び勇んで飛び起きると
ローズが大威張りでトレイを差し出した。

トレイの上には、コーヒーとサンドイッチが乗っていて
それを見て、チッという顔をしたアッシュに、ローズが怒った。
「文句があるなら食わなくて良いよ!」
「とんでもない、とてもありがたいですーーー、感謝ですー。」
しょせんバテレン人には、日本人の心のふるさと、おにぎりなどという
芸当は無理っちゅう話だよな
へっへっへと、腰を低くご機嫌取りをしつつも
性根は腐りきっているアッシュであった。

廊下に出ながら、ローズが微笑んで言った。
「何も心配はいらないよ。
 夕べの事は、あたしがちゃんとカタを付けておいたからさ。」
それを聞いて、アッシュは忘れていた不安に再び駆られた。
ああ・・・、私がテキトーに掘った墓穴を
こいつが丁寧に整備している気がする・・・。

「んじゃ、あたしはバイオラのとこに行ってくるよ。
 鋏の修理がまだだから、何か調達してこないとね。」
「あの男の人のコレクションの武器を借りたらどうですか?」
「男?」
「ほら、トンファーを持った・・・」
「ああ、ラムズね。
 何でラムズが武器コレクションをしてるって知ってるんだい?」
「私がこの状況ならするからです。」
「・・・なるほど・・・。」

「とにかく、あたしが戻ってくるまで出掛けたらダメだよ。」
ローズが念押しをしている時に、よそ見をしていたアッシュが叫んだ。
『うおっっっ! ジー!!!』

「何だい?」
ローズが身構えて振り向く。
アッシュの視線の先には、黒光りする物体がいた。
「何だ、ゴキブリかい。」

ゴキブリがササッとゴミの山に入っていく。
それを見たアッシュが、そのゴミを掻き分け始めた。
「ちょっ、あんた、そこまでして退治しても
 ここには山ほどゴキブリがいるんだよ、キリがないだろ、放っときな。」

ゴミを四方八方に撒き散らしながら、アッシュが叫んだ。
「ローズさん、今私が叫んだ言葉がわかりましたかー?」
「へ?」
「私、何て叫びましたー?」
「・・・さあ? そういや何か言ったね。」

「私はとっさに日本語で叫んじゃったんですよー、それも隠語でー。
 日本語では、ゴキブリの呼び方はGOKIBURIなんですー。
 もう、その単語を使いたくないほど嫌いなんで
 頭文字のGで、『ジー』 って言ってるんですー。」
「へえー、で、そんだけ嫌いなのに何で探すんだい?」

「あなた、わからなかったでしょー? 私の日本語ー。
 ゴキブリにも、わからなかったんですよー。」
「普通、虫には人間の言葉はわからないだろうねえ・・・。」
ローズが呆れたように答えると、アッシュが振り向いて言った。

「ところが、この虫にはわかったんですよー。 英語がー。
 あなたの “ゴキブリ” の言葉だけに反応したでしょー?」
「それは考えすぎじゃ・・・?」
「考えすぎなら考えすぎで良いんですー。
 こんな汚屋敷で、いつでもどこでも一番自然に存在できるのは
 ゴキブリとかネズミですからねー。
 哺乳類より昆虫の方が本物っぽく作れるでしょー?」

「何を言ってるんだい?」
「盗聴ですよー。」
ローズがその言葉を聞いて、笑い始めた。
「007の話じゃあるまいしーーー、あっはっはっは」
「あんなおとぎ話と一緒にしないでくださいー。
 私はアキハバラの国の出身なんですよー?
 他国の軍関係者が兵器の部品を買いに来るとこですよー?
 店頭で誘導システムの部品が売られてるんですよー?」

それを聞いて、ローズが真顔になった。
「日本って、そんな国だったんかい?」
「そうですよー! 今じゃ民家に盗聴器や盗撮機械が仕掛けられてて
 住民は一家に1個八木アンテナが必須ですよー。」

アッシュはムチャクチャ言ってるが
ローズはそれを真に受けて、考え込んだ。
確かに相続者の詳しい動向を、主が知る術はないんだよね。
護衛に告げ口の義務はないんだからさ。

「あっっっ!!!!!!!!!」
いきなりのアッシュの絶叫に、ローズの心臓が止まりそうになった。
「何? 何があったんだい?」
「壁紙が剥がれてるーーー。」

ローズは腰が砕けそうだった。
もう、こいつにはこいつの世界があるようだから放っとこう。
あたしゃあたしで、自分の用事を済ませる事に専念しよう。
「はいはい、じゃ、あたしゃ行ってくるねー。」

しばらく歩いて振り返ると、アッシュが壁紙をゴリゴリと剥いでいた。
ローズは、アッシュに初めて会った時の感覚を思い出していた。

こいつ、ヘン。

続く。

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ジャンル・やかた 24

アッシュは階段側の廊下の壁に張り付いていた。
耳をくっつけたり、コンコンと叩いたりして、左右にウロつく。

ここに部屋が、最低2個は並んでいるはず。
私の部屋は、ここの並びがバストイレだったから気付かなかったけど
このフロアの南の壁の奥には、かなりのデッドスペースがある。

そんで、この建物、こっから奥は増築されたんだ。
アッシュがかなりムチャをして、剥いだ壁紙とその下の板
その更に下の壁は、途中で材質が変わっていた。

歴史のある館の増築や改築は普通の事だよな・・・。
・・・歴史・・・、どっかで聞いたような・・・?

「あっ!」
しばらく考え込んでいたアッシュが、叫んだ。
飯! 飯を食ってなかったんだよーーー!

それを思い出すと、そそくさと部屋の中に入っていった。
どんなに大事な事でも、ひとつ思い出すと他は全部忘れる
まるで昆虫並みの知能の持ち主である。

ふと目覚めると、あたりは真っ暗だった。
どうやら満腹になって、うたた寝していたようだ。
ソファーで寝たせいか、体のあちこちが痛い。

ヨタヨタと歩いて電気を点けると、時計の針は22時を回っていた。
アッシュはものすごい孤独感に襲われた。
こんな時は、自分以外に生き物がいない世界に迷い込んだ気分になるのだ。
アッシュは何の動機もないのに、サメザメと泣いた。

だめだ、こんな生活だとウツウツしてくる・・・。
どうせあと半年 (最長) の命だから
規則正しい生活とかアホらしいかも知れんけど
それでも沈み込んで暮らしたくない。
きちんとせんと、きちんと!
アッシュは涙を拭って、ローズの部屋に向かおうと廊下に出た。

ドアを開けたら、目の前にローズが立っていて
お互いに 「うわっ」 と、叫んだ。
「ごめんごめん、電気が点いてたから起きたと思ってさ。
 遅くなっちゃったけど、鋏、修理できたから
 ん? あんた、どうしたんだい?」

アッシュが再び大泣きし始めた理由は
せっかく鎮めた気持ちを、ローズとの鉢合わせの驚愕と
ローズが自分の部屋の明かりをチェックしていてくれた事で
揺さぶられたせいである。

「すい・・・ません、驚いたんで・・・」
「驚いたぐらいで泣かれたらたまらないよ!」
「起き・・たら・・・真っ暗で・・・何か・・・寂しくて・・・」

まったく、こいつはガキかい。
こんなヤツに相続など、とんでもないね!
ローズは、恐らく出会ってから今までで一番呆れていたが
泣きじゃくるアッシュを、可哀想と想ってしまう気持ちもあって
そんな自分にも激しく腹が立った。

でもまあ、死への恐怖感で情緒不安定になってもしょうがないね
ローズは、そう擁護して解釈したが
実はアッシュは普段から、時々こういう
起きたら夜! という事をやらかしては
自己嫌悪に陥って、メソメソしていて
これがアッシュのナチュラルな姿であった。

「はいはい、わかったから、中に入って座って。
 さっきの朝飯は食ったかい? お腹は減ってないかい?」
甲斐甲斐しく世話を焼くローズを、アッシュは弱々しく見つめ
ローズはその目を見て、まるで捨てられた犬のようだ、と感じていた。

これが二人の関係を決定した出来事で
その形は、その後変わる事はなかった。

続く。

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ジャンル・やかた 25

コォ・・・ン

「あれ? 今何かヘンな音が聴こえませんでしたー?」
「いや? どんな音だい?」
「遠くでわら人形を打ってるようなー・・・。」
「わら人形? 何だい、それ?」
「日本古来より伝統的に行われている、呪いの儀式ですよー。」
「・・・・・日本って、本当にどういう国なんだい?」
「神も仏も家電も混在している、何でもアリの国ですよー。」
「あんたの言ってる事は、どうも信じられないねえ。」
「兄や私は、典型的な日本人ですよー。」
「ああ・・・、なるほどね・・・。」

ローズが入れてくれたお茶を、ひと口すすって続ける。
「そういや、ここ、幽霊とか出ないんですかー?」
「幽霊? 聞かないねえ。」
「あなたは神を信じますかー?」
「宗教はやってないんでね。
 日本人は何だっけ? ブッディストって言うんかい?」
「日本には八百万の神様がいて、幽霊もウジャウジャいるんですよー。
 八百万は神道で、幽霊は仏教の分野になるんかなー。」
「・・・何か色々と大変そうだね・・・。」
「そうなんですよー。 もうゲシュタルト崩壊ですよー。」
「何だい? ゲシュタルトって?」
「そんな難しい事を私に訊かないでくださいよー。」

ローズは、アッシュとの会話に慣れてきていた。
「さて、寝ようかね。」
さっさと流して、腰を上げる。
「あんた、ちゃんと寝るんだよ。」
「・・・はい・・・。」
心細そうに表情を曇らせたアッシュの頭に、ゲンコツを一発入れる。
「ほら! シャンとしな!」

アッシュの返事を待たずに、ローズは部屋を出て行った。
どうせ、また思い出してはメソメソするんだろ、こいつは。

ローズの読み通り、アッシュは中々眠れずにいた。
時計を見ると、夜中の1時である。
また腹が減った。
考えてみれば、今日は1食しか食っていない。
こんな時間に食べると、体調が悪くなるのだが
食わず癖が付くのは、もっとマズい。
アッシュは食堂へ向かった。

食堂は無人かと思っていたが、賑わっていた。
しかも全員、酔っ払いである。
ああ・・・そうか、そうだよな
飲酒はどこの世界でも習慣だもんな。

その、全世界共通の言動の酔っ払いに囲まれて
アッシュは居心地悪く、飯を食った。
「嬢ちゃんは、まだ酒を飲めない歳かねー?」
「はい、未成年なんですー。」

一体いくつサバを読めば気が済むのか
シラッと答えるアッシュに、オヤジが叫んだ。
「俺は10歳から飲んでるぜー、わはははは。」
「俺なんか産湯がウイスキーだったぜ、ぎゃはははは。」
「あたしなんか母親がアル中で、腹ん中で既に酒浸りさー。」

ドワッと笑いの渦が巻き起こる中
アッシュだけは無表情で、皿を突付いていたが
いたたまれず席を立ち、そそくさと食堂から退散した。

「愛想がないのね。」
え? 私? と振り返ると、女性が立っていた。
えーと誰だっけ? と、珍しく思わなかったのは
その強烈な香水の匂いである。
アッシュが初日に門のとこで会った女性であった。

「はあ。 酔っ払いに愛想良くしても良い事ないですからー。」
その答に大笑いするその女性も、かなり酔っている。
構わず行こうとするアッシュの顔を覗き込む女性。

ジッと凝視され、目が泳ぐアッシュ。
「あなた、お兄さんと全然似ていないのね。」
「はあ、よく言われますが、ほんとにほんとの実の兄妹でー。」
「でも、目の色は同じね。」
「すいませんが、日本人は全員この色なんですよー。」
「髪も一緒ね。」
「ほんとすいませんけど、日本人、皆こうなんですー。」

女性はふふっと笑い、フラフラと東の廊下へと歩いて行った。
明るい茶色の巻き髪のその小柄な女性は
他の住人たちと一緒にここにいるにしては、異質な雰囲気である。

あの人は何をしている人なんだろう?
女性のピンヒールを見て、アッシュは違和感を感じた。

続く。

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ジャンル・やかた 26

「また昼まで寝てる!」
片足を壁に立てかけ、大股開きでヘソを出して寝ているアッシュに
ローズが仁王立ちで怒鳴りつけた。

他人の怒号で目覚める朝・・・
ちょっと幸せを感じるアッシュ。

蹴り落とされた布団をたたみながら、ブツブツ怒るローズ。
「あんた一体どういう寝相をしてるんだい。
 そんなこっちゃ、風邪を引くよ。」
モソモソと起きだすアッシュに、タオルを投げつけ
「一時間で用意しな! 今日は動くよ!」
そう行って、ローズは部屋を出て行った。

ああ・・・、毎朝ローズさんにモーニング説教をしてもらいてえ
こういう状況でホノボノとするなんて、私も大概、愛に飢えてるんだなあ
歯を磨きながら他人事のように思う、反省のカケラもないアッシュ。

「用意できましたー。」
ローズの部屋をノックすると、大鋏とともにローズが出てきて訊く。
「さあ、今日はどこへ行くんだい?」
「えっ、その前にお茶でも入れてくださいよー。」
「ああー?
 あたしゃあんたを待ってる間に6杯飲んで、もう水腹なんだよ!」

「えええーーー、私、まだ何も飲み食いしてないんですよー。
 ローズさんのお茶とクッキーが食べたいですー。」
「まったく、図々しいったらないね、この子は!」
ブリブリ怒るローズを、アッシュがヘラヘラ笑いながら部屋に押し込む。

ローズがイラ立って、床をかかとでカツカツ踏みつつ
鋏をジャキンジャキン鳴らしている前で
アッシュはスコーンを頬張っている。

「あのー、落ち着かないんで、やめてもらえませんかねー。」
アッシュが懇願すると、ローズが鼻息を荒くした。
「あたしゃ、毎日毎日あんたを待って待って待って
 ほんとイライラしているんだよっ!」

その言葉を聞いて、アッシュは思わず立ち上がり
鋏を持つローズの手を両手で握り締めた。
「ローズさん・・・、嬉しいですー、ありがとうございますー。」

「なっ何だい、わけのわからない事ばかり言うんじゃないよ!」
ローズが慌てて、アッシュの手を振り払う。
「待ってくれるなんて、愛ですよー、ほんと嬉しいですよー。」
「愛じゃない! 義務なんだよ!!」
「愛ってそういうもんですよねー。」

ああもう、こいつはっ!
益々イラ立つが、その気持ちがわからないでもないのが、また腹立たしい。

「ん? そういえば、盗聴ゴキブリはどうなった?」
「ああ、あれ、勘違いですねー。
 よく考えたら、そんな面倒な事をしなくても
 カメラにマイクを付けてれば良いんですよ。
 あれ、本物のゴキブリですよー。」

「じゃ、あんたは本物のゴキブリを追ってたんだ?」
うっ・・・と、アッシュがスコーンを喉に詰まらせた。

そう言われればそうだ、ヒイイイイイイイイイイイイイ
慌ててアッシュが手を洗いに行くのを横目で見ながら
バカめ、とローズがせせら笑った。

洗った手の水をブルブル飛ばすアッシュに
「あたしの部屋を汚さないでくれ!」
と、ローズがタオル第二弾を投げつける。

廊下はあんなに汚いのに・・・と思った瞬間
「あっっっ!!!」
「なっ何だい、いきなり!」
「ローズさん、この館、増築してますよねー?」
「ああ、そうだね。」

アッシュは少しちゅうちょした後、上着の下から写真を取り出した。
「これ、どこにあるかわかります?」

「・・・あんた、今その写真をどっから出した?」
「身に付けてるのが一番安全なんですー!」
「うわ、生温かい・・・」

ローズが汚物をつまむように、写真を持ち上げた。
「ん? この写真どこにあった?」
「兄の置き土産ですー。」
「へえ、あんだけチェックしてたのに、グレイもやるねえ。」

「じゃ、この写真は凄いヒントなんですねー?」
「・・・さあ・・・何のヒントになるんかね、これが。」
「言えないんですか?」
「うーん、私には判断が付かないから言わないでおくよ。
 お互いに失格は避けたいだろ。」

再び腹に入れようとした写真を見て、ローズが止める。
「ちょっと待った、その裏、何て書いてあるんだい?」
ローズの目をジーーーッと見て、アッシュがそっけなく答えた。
「秘密ですー。」
「何でだい?」
「私にも意味がわからない言葉なんですよー。
 どうせ大した事じゃないとは思いますけどー。
 というか、知ってて言えないのも辛いでしょうから
 これからはもう、あまり質問はしないようにしますよー。」

「へえ、ありがたいねえ、思いやってくれるわけだ?」
ローズの顔が少しほころんだ。
「ローズさんには、色々と負担を掛けちゃってますしねー。」
「じゃ、さっさと食べな。」
「イエッサー!」
アッシュは座って、再びフォークを手にした。

続く。

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ジャンル・やかた 27

あれ? また何か忘れているような・・・???
アッシュの忘れている事など、ひとつやふたつじゃない。
何を忘れているのか忘れるようになると
人生もそろそろ終了、って事だ。

「忘れたくても思い出せないんで、忘れられない事ってありますよねー。」
「えっ? 忘れたくて? 思い出せないで?」
「気にしないでくださいー。 ほんのたわ言ですからー。」
「はいはい、じゃ、今日はどこ行く?」

アッシュがイヤそうな顔をして、紙にアミダくじを書き始めた。
「ここまでお世話をしてもらって
 『今日は行きません』 じゃ済まないですよねー。
 ほんと、行き詰ってるんですけど
 無謀な探索はムダに危険で、ほんとやりたくないんですけど
 ローズさんの気持ちに応えるには、命を削る以外にないですよねー。
 ♪あっみだっくじ~あっみだっくじ~♪ っと。
 はい、今日は南館の1階ーーー。」

「・・・いや、無理に行かなくても良いんだよ?」
「すいませんー、悪ふざけが過ぎましたー。
 真面目に行きますー。
 どうせ八方ふさがりだし、こうしててもしょうがないですし
 とにかく動くのも手ですよねー。」

では、今日もよろしくお願いします、と
アッシュはローズに深々と頭を下げた。
「じゃあ、行こうかね。」
ふたりは部屋を後にした。

玄関ホールに着いた時に、アッシュは聞き覚えのある音を耳にした。
コォォォン
「あっ、丑の刻参りー。」

その瞬間、背後でチーンという音が鳴った。
「ぎょああああああああああああああっっっーーー!」
飛びついてきたアッシュに、ローズが怒鳴る。
「何やってんだい!」

ドアがガーッと開き、中から女性が出てきて
ローズとアッシュを一瞥して、カツカツと玄関ドアを開けて出て行った。
きつい香水の残り香が帯になっている。
「何だ、リリーかい。」
「え? あれー? ええー?」
アッシュは、リリーが出てきた方と出て行った方を交互に見る。

そして上の階を見て、やっと気付いた。
自分の部屋のバストイレの横の空間は、エレベーターだったのだ。
「ああーーーーーーーーー、なるほどーーーーーーーー!」
このエレベーターのドアは、2階 ~ 4階にはない。
多分1階から5階か6階に直通なのだろう。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってやつかあー。」

って、ちょお待って!
「撤退ー! 一時撤退ーーー!」
アッシュが急に階段を駆け上り始めたので、ローズも慌てて後を追った。

3階の踊り場まで一気に来て、ゼイゼイ言いながらローズに訊く。
「今の人、リリーさんって言うんですかー?
 何をしている人なんですかー?」
「それは・・・」

「はい、言えないですよねー、あの人、主の秘書でしょー?
 いつもスーツを着て、キレイにメイクして
 どっかに出掛けてますもんねー。
 今、上から出てきましたよねー?
 と言う事は、主の部屋は上にあるんですよねー?
 って、ああっっっーーー???」
再びアッシュが玄関ホールに駆け下りる。

ローズが追いついた時には、アッシュは玄関ドアの前に立ち
ガバッと服をめくった。
「ちょ、ちょっと、あんた、何を?」
ウロたえるローズを無視して、写真を取り出して凝視していたアッシュが
ローズの方をグリンと向いて、興奮して叫んだ。
「これ、ここですよねー!」

ええーーー? て事はー、この2階建ての建物がこの館の元の姿で
ここのこっから先は増築だとしたら
昔からある部分って、南北の1~2階の途中の広さまでで
歴史と伝統歴史と伝統歴史と伝統 ああっ、わからん!!!!!

ゴンゴンと玄関ドアに頭を打ち付けるアッシュを、ローズが心配して止める。
「おやめ、それ以上バカになったらどうすんだい!」

アッシュがローズの顔を見上げた時、その向こうに人の顔があった。
ヒッ と、恐怖におののくアッシュ以上に
その人の顔は、恐怖に強張っていた。
その人は、ガラス窓の向こうに座っていた。

「だ、誰ー?」
「ん? ・・・ああ、何だ、管理のじいさんだよ。
 館に入ってくる人の受付けさね。」
「・・・あんたたち、大丈夫かね・・・?」
ちょっとガラス戸を開けて、おそるおそるじいさんが声を掛ける。

「この状況下で 『大丈夫』 とは、八つ当たりされたいんですかねー!」
鬼のような顔で、アッシュが野太い低音を発すると
じいさんは、ビクッとしてアワアワと戸を閉めた。

にしても、見えていない事が多すぎる!!!
アッシュは自分の観察力のなさに腹が立ち
腕組みをして、じいさんを睨み続ける。

ただ単にアッシュの視線の先にじいさんがいた、と言うだけなのだが
じいさんは生きた心地がしなくなり、奥の部屋に避難して行った。

「こらこら、アッシュ、いい加減にしな。」
ローズが優しい声でなだめようとする。
「どうするんだね? 戻るかね?」

「んーーーーー・・・・・」
アッシュは考え込んだ。
どうも主の部屋は最上階のような気がするんだけど
この写真がどうにも引っ掛かる。

あえて昔の館の写真を、兄が隠しておいたのには
絶対に深い理由があるはず。
ここは、意味がわからなくても
1階と2階に注目すべきなんじゃないだろうか?

「いえ、あみだの神様に従って予定通り行きましょうー。」
アッシュが決断した。

続く。

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ジャンル・やかた 28

南館の1階の廊下に入っていく。
「何か、静かですねえー。」
アッシュがビクつきながら、ローズにコソッと言う。

こういう空気の時はヤバいんだよね・・・
ローズもビクついていたが、それを口には出さずにいた。
アッシュにパニくられるのが一番厄介だからである。

「なあに、だいじょう」
「ぶじゃないですーーーーーーーっっっ!」
アッシュが叫んだ。
男の影が浮かび、その手には斧が握られている。
「定番出たーーーーーーーーーーーーーっ! 顔文字略ーーー!」

男は斧を振り上げ、アッシュへと向かってきた。
「逃げな!!!」 「うぎゃあああああああああああ」
ローズとアッシュが同時に叫び、斧が振り下ろされる。

バキッ

斧が突き刺さる音がし、アッシュの脳天に衝撃が走った。
アッシュは進行方向に向き直るヒマもなく、後ずさって
通路のゴミに足を取られて倒れ、廊下の壁に頭を打ったのである。
斧はそのすぐ上に突き刺さっていた。

頭に激痛が走るが、ローズが男と格闘しているので加勢をしようと
斧を抜こうとしたアッシュは、猛然と斧を左右に動かし始めた。

斧が抜けた時、野生の勘で何かをひらめいたように
再びそれを壁に振り下ろした。
何度も何度も。

壁の一部に割れ目を入れたら、次は周辺を足で蹴る。
バキッ メキメキッ ガゴッ ドガッ
一心不乱に鬼の形相で、それを続けるアッシュに
取っ組み合いをしていたローズも男も、呆然と見入った。

体が通るぐらいの裂け目から、アッシュが中を覗くと
ベッドとクローゼットとサイドテーブルだけの狭い部屋の隅っこで
じいさんが怯えながら、小さくなっていた。

中に人がいるとは思わなかったアッシュは、流れで謝った。
「あっ、すみませんー。」

じいさんは、おうっ、あわあわ、と我に返ると
壁にある小さな扉を開け、スイッチを押した。

ドッパーーーン ポン パンパン

花火の音に続いてファンファーレが鳴り、機械音声のアナウンスが響いた。
「ソウゾクタッセイ ソウゾクタッセイ」

はあ? と、裂け目から上半身を出して目を丸くしているアッシュに
じいさんが首を振って訴えた。
「嬢ちゃん、わし、今ものすごく恐かったよ・・・。」
「え? ああー、リアル・シャイニングでしたもんねー。」

アッシュは、ホラーネタには素早く反応をするが
頭の回転はさっぱりだった。
「で、あんた誰ですかー?」

「あれ? わかったんじゃなかったんかい!
 じゃあ無効じゃな。」
さっきの取り消し~ と、館内にじいさんの声がアナウンスされる。

「ちちちちち違う、じゃなくてー、主の部屋をめっけたのは自覚してますー。
 そういう事じゃなくて、あなたは誰なんですか、って意味ーーー!」
慌ててアッシュが弁解すると、じいさんは再びマイクを握った。
「今のは間違い~ やっぱり相続達成じゃった~。」

「ほれ、わしじゃよ。
 さっきあんた玄関ドアのとこから、わしを睨んどったろう。
 それに食堂で絡まれた事も何度かあるぞ。
 覚えとらんのか?」

そんな影の薄いジジイの存在など、気にもとめていなかったアッシュは
はあー・・・、ものすごい疲れたっぽい溜め息をついた。
実はそこが主の部屋だとは知らずに踏み込んだのだ。

壊せるみたいだったから、我を忘れて壊しにかかった
という、ケダモノのような習性を発揮しただけで
そこがまさかゴール地点だとは、微塵も予想だにしていなかった。

「何だろうー、この途方もない壮大なガッカリ感はー・・・。」
「失礼なやっちゃな!」
じいさんがブリブリと怒った。

続く。

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ジャンル・やかた 29

「だって普通、モニターに囲まれた広い部屋の真ん中で
 クジャクの羽ー?みたいなデカさのオットマンチェアーに座ってて
 グルリと振り向いて、『ようこそ、我が館へ。 ふはははは』 
 とかやる、って思うじゃないですかーーー。」

「そんな夢を見ていた頃が、わしにも確かにありました・・・。」
じいさんが遠い目をして語り始めた。

「最初は普通に増築改装をしていけてたんじゃよ。
 それがここ十数年のIT化の波でな、とても苦しくなってな
 ちょっと改築するより、モニター1個の方が高いんじゃ!
 予算が圧迫されて、わしの居場所もどんどん削られて・・・。」

「IT化っすかー。
 何か単語が大間違いな気がしますけど
 私もいつも目クソ鼻クソな事を言ってますから、追求しませんよー。
 言おうとしている事は、なんとなくわかりますしねー。
 とにかくそれで、この小汚い四畳半の隅っこで震えてたんですねー。」

「いや、それは嬢ちゃんが壁を叩き壊すから・・・。
 まさかこんな恐い入って来られ方をするとは思わんじゃったよ・・・。」
「うっすい壁も、IT化の波のせいですねー?」
「そうなんじゃ。」

アッシュはこめかみの血管ビキビキで、ワナワナと震えだした。
「・・・何か、もんのすごーーーく腹が立ってきたんだけどーーー?
 わけもわからんと、何度も痛い目に遭って、何度も死に掛けて
 あげくが人まで殺してしまって、相続するものの正体が
 不良債権のこのクソ狭いボロ部屋かいーーー!!!!!!!!」

じいさんが慌てて言い訳をする。
「い、いや、ちゃんと予算は出るんじゃよ。
 でも時代に合わせようとしたら、どうしても予算オーバーに・・・。」

「アホか! 予算なんてな、上乗せ申告しておいて
 差額をチマチマ隠し溜めておくものなんだよー! (注: 犯罪です)
 あればあるだけ使うから、いざという時にないんだろうがー。
 やりっ放ししてんじゃねえよー、この無計画ジジイー!」

「そこまで言わんでも・・・。」
「この惨状の尻拭いは、次世代の私がせにゃならんのだぞー!
 死ねー! 死んで詫びろー! クソジジイー!」

「あっ、あんたそんな口を利いて良いと思っとるんかね!
 この館の主は、3年持ったら認められるんじゃが
 わしは30年以上やってきたから、長老中の大長老になってるんじゃぞ!
 言わば、あんたの上司になるんじゃぞ!」

「それはそれは、とんだご無礼をお詫びいたしますー。
 では、丁重にお願い申し上げますー。
 お早めにお死にになっていただけませんでしょうかー?」
慇懃無礼にニッコリ微笑んだアッシュだが
すぐに般若のような表情に戻った。

「つーか、金の算段もロクに出来んヤツに、上司ヅラなどさせんわー!
 とっとと、ゴー! ツー! ヘル!!!」

アッシュのとてつもない剣幕に、ジジイはしょぼくれた。
「くすん・・・、わし、長年頑張ってきたのに・・・。」

アッシュの右手にあったドアが開いて、若い男性が顔を覗かせた。
「あの、主様、住人たちが周囲に集まってきていますんで
 お話は会議室でなさった方がよろしいかと思われますが・・・。」

「おっ、ここに理系男子がいたとわー!!!」
上半身だけ出していたアッシュが、バキバキと壁を割って
部屋の中に無理矢理入り込む姿を目の当たりにしたジジイと理系男子は
果てしなく引き潮に乗った。

ドアに首を突っ込んで、アッシュは歓喜の雄叫びを上げた。
「おおおー! 主の部屋の横にモニタールーム、推理大当たりじゃんー!」

モニタールームは予想通り、広々としていて
無数のモニターが連なり、それらの前には数人の理系男子が座っていた。
「ここだけ桃源郷だなあー・・・。」

モニターと理系男子を、うっとりニタニタしながら眺めるアッシュに
ジジイがおそるおそる声を掛ける。
「あの・・・、6階の会議室に行かんかの?」

ジジイには鬼のような表情になるアッシュ。
「ああーーーっ? もちろん、茶ぁと軽い食事等ぐらい出ますよねー?」
「・・・急ぎ用意させるんで・・・。」

「そんなら、行きましょかー。」
「うむ・・・。」

更に壁をドッカンドッカン蹴り割って廊下に出たアッシュの後ろを
ショボショボとついて行くジジイの心は、傷付き張り裂けそうだった。

続く。

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ジャンル・やかた 30

玄関ホールに出たアッシュを、館の住人たちが出迎えた。
ご苦労さん、の声はあったが、みんな動揺しているようで
控えめにザワついている。

「交代は初めてのヤツが多いからのお。」
ジジイが全体を見回して、その不安と期待を読み取る。
そして後ろを振り向き、名残惜しそうにつぶやいた。
「ここともお別れじゃな・・・。」

アッシュがつられて見ると、ガラス戸の上にパネルが貼ってあり
『管理人室』 と書かれている。
それに気付いた途端、ヘナヘナと両手両膝を床に付いた。

このジジイは、堂々と “管理者” を名乗っていたのだ!
『ああ、何だ、管理のじいさんだよ。』
さっきのローズの言葉も脳内で再生されて、追い討ちを掛けた。

「ふぉっふぉっふぉ、皆気付かんもんなんじゃよ。
 盲点じゃろ? 上にいた頃は何度も死に掛けたが
 IT化でここに移ってからは、誰にも見つけられんかったわい。」
「死に掛けた?」
「昔は、主を倒したヤツが主になる仕組みだったんじゃ。
 わしも若い頃は豪腕とうたわれた荒くれで・・・・・。」

ジジイの武勇伝は長くなるのを知っているので
アッシュは聞く耳すら持たずに、さっさと立ち上がり
エレベーターへと向かった。

ローズの姿を探したが、人垣で見つからなかった。
その時ローズは、人々に囲まれて祝福を受けていたのであった。

自分だけ乗り込んだら、さっさと閉まるボタンを押すアッシュに
「ちょ、待たんかい! うおっ!!!」
と、ジジイがドアにガガッと挟まれながら、もぐりこんでくる。

「あんた、自分勝手じゃのお。」
エレベーターの中で、ジジイがアッシュを非難する。
「おめえほどじゃねえがなー。」
アッシュは無表情で返した。
「・・・とうとう “おめえ” 呼ばわりかい・・・。」

「あああー? 当然じゃねえー?
 何も知らない善良な一般市民を
 了承もなしで命の危険のあるゲームに巻き込んでー。
 私の一生、ムチャクチャじゃねえかよー!」
怒り大爆発のアッシュに、ジジイがヒインと後ずさりする。

「でも、でもな、今回は特例っちゅうこって
 あんたが門から入って来なくても、生きて帰そうってなってたんじゃよ。
 だから事前に何も知らせていなかったんじゃ。
 この館の事は、門外不出じゃからの。」
「門?」
「うん、そうじゃ。
 あの鍵の掛かった正門、あそこが運命の分かれ道なんじゃ。」

6Fでエレベーターを降りると、そこは近代的な作りのフロアだった。
おおっ、とアッシュが感心した声を上げると、ジジイは東の窓に近寄った。
床から天井まで、すべてガラス窓である。

「こっからじゃよく見えんが、あの門にはX線装置が仕掛けられていて
 相続者の身体検査をしとるんじゃ。
 じゃが、毎日X線を浴びるとマズいじゃろ?
 だから行き来する者は、横の木戸を使うんじゃよ。」

アッシュが思い出して叫んだ。
「あっ!!! それーーー!
 殺し合うっていうのに、何で誰も銃を持っていないのか
 すげえ不思議だったんですよー。
 銃は禁止なんですねー?」

「そうじゃ。
 相続者はあの門を開けて入って来なければならん。
 その時に銃器類を持っとったら、うちのスワットに射殺。
 横の木戸から入って来ても射殺されるんじゃ。」

「・・・何? その無差別殺人・・・。」
「これは普通に相続に参加する時には、ちゃんと説明を受ける事なんじゃよ。
 門から入ってくださいね、銃器類は禁止ですよ、とな。
 それすら守らんヤツは、即時死刑で良かろう?」

ニタリと微笑むジジイに、アッシュはつぶやいた。
「あんたもロクな死に方をせんだろうなー・・・。」

「ところが、あんたは門から入ってきた!」
ジジイが気にせずに続ける。
「わしゃそん時に管理人室から見てたんじゃが
 門に錠をガンガン叩きつけるあんたの姿を見て
 怪物が来た! と、ものすごく恐かったよーーー。」

「じゃ、何ですかー?
 私が渡された鍵を素直に使って門を開けたのが悪いとー?」
「うん、そうじゃ。
 あんたはあの時、知らずとはいえ、自分で相続の道を選んだんじゃよ。」
「ああああああああああああああ、誠実な心がアダにーーーーーーっ!」

木戸の存在に気付かなかったくせに、すべてを自分以外のせいにしたいらしく
床に倒れて転げ回るアッシュに、ジジイが優しく声を掛ける。
「まあ、いいじゃないか。
 あんたはこうやって相続を果たしたんじゃし
 グレーも念願が叶って安心して眠れるじゃろうよ。」

その言葉に、はたと動きを止め、アッシュがつぶやく。
「私、実は・・・・・
 主の正体は兄だった、という展開かと思ってたんですよー。」

「だから、あんたの兄ちゃんは死んだと言うとろうに。」
「うっせー! 人の身内を遠慮なく死んだ死んだ言うなー!
 おめえが死ねーっ!」

ヒイ~ン、と悲鳴を上げながら、ジジイはドアの方に逃げて行った。

続く。

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