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やかたシリーズ Archive

かげふみ 63

グリスは、リリーを心からの笑顔で見送る事が出来た。
リリーは死ぬまで館にいるつもりであったが
アスターの存在を知って、退職しての旅行を計画したのである。
その事が、結果的にアスターの願いを叶える事にもなる。
 
アスターが、リオンのリアル育成ゲームをクリアせずに
グリスの側へと着任できたのは
リリーのグレーへの想いのお陰である。
 
 
リリーは、死ぬ前に一度は見てみたかったグレーの故郷、
日本に長逗留をして、病で人生を終えた。
その亡骸を迎えに行ったのは、下品な資産家のリオンであった。
 
ついでに京都に不動産を買う事も忘れなかった。
「スイーツとニンテンドーの本場でーすからね、京都はー。」
 
 
庭をぼつぼつと歩きながら、グリスが少し振り向くのを見て
後ろにいるタリスが、確認のように静かにうなずく。
それを見て、グリスは微笑む。
 
グリスは40代も半ばになっていた。
 
後ろにはタリスがいて、部屋ではアスターが待っていてくれる。
リオンは州知事になり、精力的に活動をしている今でも
館にゲームをしにやってくる。
次期長老会メンバー予定であるリオンの子供たちも、グリスに懐いている。
館の職員も住人も村人も長老会も、皆がグリスを助けてくれる。
 
 
幾重にも守られた真ん中に、空洞があるわけがない
 
のに。
 
 
ラムズの墓の前で、しばらく立ち止まった後に
ローズとバイオラの墓の前を、うつむきながら足早に通り過ぎ
グレーとリリーが隣り合って眠る場所で、また立ち止まる。
大きな桜の木を従えたジジイの墓の隣は、自分の還るべき場所。
 
そして丘の上の主の墓の前に立った。
遠くに見える山には、もう雪が降っているようで
青いはずの山陰が、モヤでかすんでにじんでいる。
 
 
「ねえ、知ってましたー?
 あなたと私の名前は同じ意味なんですよー。」
 
主がカーテンのサンプルを見ながら言った。
「まあ、厳密には違うけど、どっちも灰色関係なんですー。」
 
「あ、それで不思議だったんですけど
 主様のお名前は、日本語じゃないですよね?
 何故ですか?」
 
「ああ、それは日本人の名前は発音しにくいんで
 英語名を考えてくれ、と言われたからなんですよー。
 兄が “グレー” と付けていたんで
 じゃ私も灰色関連で良いかな、と簡単に考えただけですー。」
 
 
「主様の本当の名前は何とおっしゃるんですか?」
グリスのこの問いに、主は頬杖を付きながら答えた。
 
「その名前を持つ者は、もう存在しないんですよー。」
 
何の感情も入ってなかったその言葉が、何故に重たく感じるのか。
 
 
 
そろそろ跡継ぎを探そう。
今度は明るい名前の子供を。
 
この館にふさわしい、美しい色の名を持つ子を。
 
 
グリスは館を見た。
冷たい風が時折吹き抜け、空が薄暗く曇っているにも関わらず
澄んだ空気が建物を取り巻いているかのようである。
 
何て美しい風景なのだろう
 
 
今でもこんなに悲しいけど、何度やり直したとしても
ぼくは、わかっていながら付いて行っただろう。
 
落ちる陽に真っ直ぐに挑むあの人の、倒れるあの影を抱きしめるために。
 
 
     終わり 
 
 
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かげふみ 62

机の引き出しからは、何十冊にものぼるローズの日記が見つかった。
いや、それは厳密に言うと、ローズの日記ではなく
ローズが感じた、主の様子の記録であった。
 
 
 ○月○日
 今日のアッシュは、溜め息が多かった。
 そういう時は、大抵が微熱がある。
 アッシュは意味なく熱を出す。
 きっと体の抵抗力が弱いのだろう。
 ジンジャーを定期的に摂らせよう。
 
 ○月○日
 アッシュがアイスクリームを食べ始めた。
 食べ物が飲み込めないようだ。
 体の調子は悪くなさそうなのに。
 ロイヤルミルクティーにミントを入れてみよう。
 
 ○月○日
 アッシュが眠れないようだ。
 夕べもおとといもドアの向こうに座っていた。
 クッションをそこに積み上げてみよう。
 アッシュには紺色が似合うから
 白いクッションも散りばめて、明るさを出そう。
 
 ○月○日
 最近のアッシュはリラックスしている時がない。
 明け方にドアの向こうから歯ぎしりが聴こえる。
 フラワーウォーターの調合を変えてみよう。
 アッシュは柑橘系を嫌うので、配合が限られて困る。
 
 ○月○日 アッシュが
 ○月○日 アッシュが
 ○月○日 アッシュが
 
 ・・・・・・・・・・・
 
 
主のためのアロマオイルの調合も
別のノートに毎日、事細かに記してあり
それらを読んだ時に、アスターは激しい敗北感に襲われた。
 
文字通り、死線をくぐってきたふたりの繋がりに
自分たちの友情など、“ごっこ” にしか思えなくなったのである。
 
 
だけど・・・
アスターはグリスの気持ちを第一に考えた。
これを読んだグリスが、また悲しむかも知れない。
グリスの世界では、主様がすべてなのだ。
 
ぼくにはぼくの戦いがある!
アスターは、グリスの心のサポートを常に優先した。
 
 
グリスがそのノートを読んで、正気でいられたのは
主が生きて自分と出会えたのは、ローズのお陰だと感じたからであった。
 
日記の “アッシュ” は、日に日に具合が悪くなっていっている。
アッシュの狂気への傾倒を止めたのは、間違いなくローズの死だった。
 
ローズさんがいなければ、主様はきっと生きていらっしゃらなかった!
グリスのこの考えを裏付ける根拠はどこにもない。
だが、否定する証拠もまたないのである。
 
 
ぼくが悲しむと、アスターが心配する。
グリスは、自我を抑えた。
 
グリスとアスターは、互いをきめ細かく思いやっていた。
それはアッシュとローズの “それ” より
遥かに美しく健全な関係であった。
 
しなくて良い戦いも、ある。
 
 
ローズのアロマオイルの調合は
“ローズ・レシピ” と名付けられて、館に受け継がれた。
 
中でも、住人には “アッシュローズ” という
バラを基調に配合された香りが人気で
それをつけて館の屋上に行くと主様が現れる、という伝説まで生まれた。
 
グリスは、それを試せなかった。
主も “あれ” 以来、一度も屋上に行かなかったが
グリスにとっても、屋上は踏み入る事が出来ない場所となってしまった。
 
 
主が自ら香水をつけるのを止めたのは
ローズからの移り香を好んだからであった。
 
後に、館ではアッシュローズという薔薇の品種が栽培されるようになる。
主の墓前に供えるためだけに。
 
 
 続く 
 
 
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かげふみ 61

「ちょっと休憩してきます。」
アスターにそう言うと、グリスは執務室を出た。
 
 
アスターはリオンとの面接の後、すべてを捨てて職場を辞めた。
その決意を認めたリオンは、彼を秘書として雇った。
 
グリスくんとタリスくんに加えて、アスターくんとは
館は、甘ちゃんだらけになっちゃいそうでーすねえ。
まあ、先代たちがケタ外れ過ぎたんでーすけども
とりあえずアスターくんを、鬼養成してみまーすかねえ。
 
 
一連のその出来事を、グリスに内緒にしていたのは
ゲーム画面がかすんで見えるようになったリオンの
リアル育成ゲームが、無事にクリア出来るか怪しかったからである。
 
失敗した時に、グリスを失望させたくない。
その想いは、リオンもアスターも同じであった。
 
だがしかし、日本旅行のためのリリーの隠居願いを長老会が受理し
打ちひしがれているグリスの前に
アスターが “後任” として現われる瞬間を
長老会総出で見物したのは、悪趣味以外の何ものでもないが。
 
 
グリスはアスターを見た瞬間、泣き出し
抱きついて、“お願い” をした。
「どうか、ぼくより先に死なないでくれ!」
この言葉に、誰もがグリスの心の傷の深さを感じた。
 
アスターはグリスを抱きしめ、即答した。
「もしぼくが先に死ぬ場合でも、その時のきみに大事な人がいなかったら
 きみを一緒に連れて行くよ。」
 
 
アスターが側に来てから、ようやくグリスはローズの部屋を開けた。
 
館の過去も現在も、全てを保護、管理するのが役目なのに
ローズの事だけは直視できないままで
そんな自分を、グリスは弱虫だと責め続けたが
アスターの言葉が、グリスに勇気を与えた。
 
「主様だって、戦いはローズさんに任せたんだろ?
 じゃあ、きみの戦いはぼくが引き受けるよ。」
 
 
20年以上も封印されていた部屋。
 
ドアがあったはずの場所の壁を壊したその時
まるで中から誰かが出て行ったような気がして
作業をしている者たちが手を止め、周囲を見回したのは
一瞬、漂ったバラの香りのせいであろう。
 
同時に窓を塗りこめていたレンガも外された。
久々の日光が、厚く積もったホコリをきらめかせる。
 
 
怒っていた主は、強引に部屋を閉ざしたが
その際に、リリーに命じられた清掃部によって密かに
家具などは全部、速やかに布で覆われたのであった。
 
よって、テーブルの上も机の上もキレイに片付けられ
まるでこの日を待っていたかのように、そこにあった。
 
 
 続く 
 
 
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かげふみ 60

「私の後任の手配を、長老会にお願いしました。」
リリーがこう言い出したのは
ジジイの葬儀後、1ヶ月ほどしてからである。
 
「え・・・? まさかお辞めにはなりませんよね?」
グリスが事務の手を止めて、不安そうに訊く。
 
「はい、後任に仕事を徐々に教えておきたいのです。
 私は死ぬまでお仕えします。」
リリーの答を聞いて、ホッとするグリス。
 
「ですけど、私も必ず先に死にますよ。」
リリーの縁起でもない言葉に、グリスは真面目な顔でうなずいた。
「はい。 わかっております。
 だけど・・・、出来るだけ長く側にいてくださいね?」
 
「努力いたします。」
いつものように冷たい口調でリリーが答えた。
 
 
「お忙しい中、ありがとうございます。」
リオンを前に、頭を下げたのはアスターであった。
 
「いいえー、グリスくんの親友の頼みなら
 聞かないわけにはいかないでーすからねえ。」
 
 
アスターはリオンに、“面接” を申し出ていたのである。
主の葬儀の後、国中を騒がせた館スキャンダルによって知った
館の意味と、主たちの素性には驚かされたが
それでも遠くからグリスを見守ろう、と我慢していた。
 
しかし祖父とも呼べるジジイが死んだグリスの孤独を考えると
いたたまれなくなったのである。
 
何よりここを逃したら、もう一生グリスの側に行ける可能性はなくなる
そんな気がしたので、アスターは思い切ってリオンにすがる事にした。
 
 
「しかし、館は基本的に
 クリスタル州の人間にしか関われませーんしねえ。」
そう言われる事は、アスターは予想していた。
 
「はい。
 でも、私は主様に頼まれたのです。
 グリスの側にいてやってくれ、と。」
 
リオンの目が光った。
「それは本当でーすか?」
アスターの口元に、一瞬だけ動揺の歪みが現れる。
「は、はい、別荘に招待していただいた時に・・・。」
 
 
アスターは、主とふたりきりになった時の事を
正直にリオンに話した。
 
「都合の良い解釈かも知れませんが
 私にはどうしても、主様はあの時
 『グリスを頼む』 と、おっしゃってた、としか思えないのです。」
 
リオンはそれには答えずに、履歴書を見ていた。
「ほお? あなたは弁護士資格を持っているのでーすね?」
「・・・はい・・・。」
話を聞いてもらえない、と感じたアスターは力なく答えた。
 
 
「館でグリスの側にいたいのなら、主を盲信しなければなりませーん。
 それが、条件でーす。」
「私は主様を尊敬しております!」
 
慌てて言いつくろったアスターを、リオンは容赦なく斬った。
「それは嘘でーすねえ。
 あなたは主を信じていませーん。
 現に、主がその時にあなたに伝えたかった事を
 あなたは確信していませーん。」
 
「リオンさんにはわかるのですか?」
リオンはただ微笑むだけで、ケーキを頬張った。
 
 
主はストレートな人でーすから、無意味な謎掛けはしませーん。
本当にアスターくんを、館に連れて来たかったのでしょーう。
 
それを口にしなかったのは、人任せにする罪悪感でしょーうねえ。
散々グリスくんを放置してきたあげくに
アスターくんのキャリアをムダにさせて平気なほど
無責任な人でもありませーんしねえ。
 
この子は主を知らないので、拒絶しちゃったんでしょーうね。
そして、それを主が珍しく敏感に察知した
と、いったところでしょーうかねえ。
 
 
リオンは目の前に暗い顔で座っている若者を、チラリと見た。
惜しいでーすねえ。
この子に、もうちょっと狡猾さがあったら
グリスくんは安泰なんでーすがねえ。
 
ああ、もったいない、もったいない、と。
リオンは2個目のケーキにフォークを刺した。
 
 
 続く 
 
 
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かげふみ 59

葬儀での全員の悲しみを撮ったマデレンは
ジジイの最期も撮っていた。
 
 
「あっ、マデレンさん。」
住人の女性がマデレンに駆け寄るところから、シーンは始まっている。
 
「何だか元様の様子がおかしいんだけど・・・。」
マデレンのカメラは、ジジイの背中を写した。
 
「SPが付いてるから大丈夫ですよ。
 私も後を追いますから、心配しないで。」
マデレンの声が入っている。
 
 
ジジイはいつも、キレイな服を着せられていたが
今日はいつにも増して、カッチリとしたスーツ姿に
靴もピカピカに磨き上げられていた。
 
わき目も振らずに、堂々と歩いて行くその姿に
マデレンは、“目的” を感じた。
 
「私にはわかりました。
 これが最期なんだ、と。
 わかるんです、カメラを覗いているとそういうのが。
 ・・・主様の時は意外でしたけど・・・。」
マデレンは即座にジジイを追った動機を、こう語った。
 
 
ジジイは主の墓の前に立った。
「えらい良い夢を見とったような気がするんじゃが
 起こしたのは、あんたかね?」
 
ジジイは主の墓標に向かって喋り始めた。
「・・・そうじゃなあ・・・。
 いつまでもこうしていると、あんたに怒られるじゃろうな。
 『ジジイ、ボケてんじゃねえよー!』 ってな。」
ジジイは穏やかに微笑んだ。
 
「グリスには辛い想いばかりさせて、本当に申し訳ないと思っておる。
 じゃが、館中があの子を愛しておる。
 だから大丈夫じゃろう。」
 
 
ジジイは主の墓の前で、しばらく館の方を眺めていた。
何故、別れはいつも “春” と呼ばれる季節なのだろう
気持ちの良い風が、そよそよと吹いている。
 
ジジイは目を細めて、館の風を味わっているようだった。
そして主の墓に視線を戻して、また話しかけた。
 
「あんたにはバラがおるから、わしには桜が良いのお。
 本場の日本には、“千本桜” というのがあるらしいのお。
 それが散るさまは、さぞかし見事じゃろうなあ・・・。
 それをおねだりは、ちょっと無理かも知れんが
 うちには品位のない権力者がおるんで、不可能ではないな。」
はっはっはっ と声を上げて豪快に笑った。
 
 
「さて、そろそろ行くかの。」
 
「うっ・・・」
マデレンの嗚咽がかすかに入って、一瞬画面が揺れた。
 
 
こんな奇跡を見るのは初めてである。
自分の死を知って、制御する事が可能なのか?
 
ジジイは、大木が倒れるように前に沈んだ。
 
SPもマデレンも、助けようとしなかったのは
倒れてなお、カッと見開いたその瞳が
命がもう、そこにはない事を示していたからである。
 
誰もしばらく、ジジイの側には近寄れなかった。
 
 
この映像を観た誰もが、驚愕した。
尊厳ある死を目撃した気分になった。
 
「葬儀の映像とともに、この映像も流します。」
マデレンは、プロに徹したというより
ジジイの立派な最期を、多くの人に誇りたかったのである。
 
 
ジジイは、歴代の主の墓の並びに眠っている。
その隣には、いずれグリスが来る。
 
 
 続く 
 
 
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かげふみ 58

ジジイは痴呆を発症していた。
 
この事は、長老会や館へと速やかに通達され
手配された専門医によって、適切な処置も取られたが
年齢も年齢なので、屋敷で余生を自然に過ごしてもらおう、となったのである。
 
ただひとつの問題は、この事を誰がグリスに言うか、であった。
ズルズルとなすりつけ合いをしていたら
グリスが先に気付いてしまったのである。
 
グリスのショックは相当なもので
誰もが、自分が伝えなくて良かった、と思ったほどであった。
 
 
「おじいさまには、館へ帰って来てもらいます!」
グリスの泣き顔での、この訴えを退けられる者はいない。
館で過ごせるのなら、それはジジイにとっても良い事に思えた。
 
館では住民を集めて緊急総会が開かれ
ジジイの状態と、その対応について話し合われた。
 
しばらくの間は外部からの訪問者、観光客も断ろう、となった。
住民たちにも、ジジイの出戻りは何の異存もなかった。
 
かくてジジイは、館へと凱旋を果たした。
 
 
ジジイは館で自由に振舞えた。
歩き回りたい時に歩き回り、食べたい時に食べ、寝たい時に寝る。
 
おぼつかない足取りで、ゆっくりゆっくりと歩くジジイの後ろには
いつもSPが控えていた。
彼らは街の屋敷時代からの護衛で、望んで任務を引き続けた。
 
皆が自分の生活をする中、さりげなくジジイを見守っていたので
事故もなく、快適な生活を送れていると思われた。
ただ一点を除いて。
 
 
ジジイはすれ違う人を捉まえては、訊いた。
 
「アッシュはどこじゃ?」
 
これを訊かれた人は、微笑むしか出来なかった。
「さあ? どこでしょう?」
そしてジジイが再びウロウロと探し始めるのを見て、目頭を拭うのだ。
 
 
ジジイが、朝、目が覚めたら、ベッドに朝食が運ばれる。
世話係、時にはグリスが食べるのを手伝い
身支度を完璧に整えられると、ジジイは館を歩き回り始める。
 
昼になると、主の演説映像が流され始める講堂に行く。
真ん中あたりの列の長椅子の、中央付近に座って
首を少し左右に振りながら、主の映像をニコニコと観る。
 
それが終わると、執務室へと行ってお茶を飲む。
そして主がいない事に気付き、探し回るのだ。
 
 
ジジイは、グリスもリリーも誰の事も一切覚えていなかった。
ジジイの記憶にあるのは、“アッシュ” だけであった。
 
この事は、グリスをひどく悲しませたが
同時に、その気持ちも痛いほどにわかるので
グリスはヒマを見つけては、主探しを手伝った。
 
「ぼくも主様を探したかったんですよ。」
後年になって、グリスはそう言って微笑んだ。
 
 
ジジイは、主の墓の前で倒れた。
葬儀は館関係者のみで行われた。
長老会メンバーも全員出席した。
 
しかし館最後の生き証人として、有名人になっていたので
国中から見物人が集まり、館の門の外は人で埋め尽くされた。
報道ヘリまで飛ぶ有り様だった。
 
 
 続く 
 
 
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かげふみ 57

館は平穏を取り戻すどころか、逆に賑やかになった。
主やジジイやグリスの存在を知った、国中の人々が
村や館に観光に来るようになったからである。
 
こういう事態も覚悟していたものの
予想以上の盛況に、館に急きょ “観光課” が作られた。
 
農産物の売れ行きも良くなったので
住人たちが客の案内に割く時間も、限られてしまうのである。
館の産業は、外部からのバイトを雇うまでになった。
 
 
グリスは多忙ながらも、事務を懸命にこなした。
外に出ると、議会中継を見てファンになった女性たちが
キャアキャア叫んで追い回すので、執務室にこもるしかないのだ。
 
活動的なグリスにとって、インドア生活は辛いものだったが
主様もこれに耐えていらした、と自分を律して頑張った。
主は単にアウトドアの方が辛い性格だっただけなのだが。
 
 
ジジイは相変わらず街の豪邸に暮らしていたが
一日おきぐらいには館に通ってきた。
講堂で観光客相手に講演をしたり
グリスの話相手になっていたりした。
 
「理想の隠居ライフじゃな。」
ジジイは、快活に人生を楽しんだ。
 
 
長老会の他の辞任組も、講演に引っ張りだこであった。
かえって辞める前よりも忙しくなった者もいた。
 
彼らも、館には思い入れが強く
たまに館にやってきては、飽きずに主の資料館を見学し
来賓室でくつろいだりしていた。
 
元長老会メンバーがこのようにひんぱんに館を訪れるなど
過去に例がない事である。
 
 
リオンは、主の寝室通いをやめなかった。
時間が空けば、ちょろっと来てちょろっとやって帰って行く。
 
自宅でやればいいのに、とは誰も思わなかった。
リオンもまた、主の側を離れたくなかったからである。
 
 
この館に住む者、来る者は、全員が主を追う者であった。
主がいなくなっても、なお。
 
館に来る観光客たちは、これらの事を
かつての惨劇の館が現実にあった証しとして
興味深く、そして好意的に見守った。
 
 
館のすべてが、生まれ変わった。
浄化がようやく終わった、と誰もが確信した。
 
そんな平穏な日々が、何故許されないのか・・・。
 
 
グリスがリリーに言った。
「ちょっとおじいさまの様子を見てきます。
 最近ここにいらっしゃらないし、携帯にもお出にならないので。」
 
リリーが少し動揺したのを、グリスは気付かなかった。
 
 
ジジイの屋敷でジジイを前に、グリスは凍り付いていた。
ジジイの言葉を聞いて。
 
 
「あんた、誰かな?」
 
 
 続く 
 
 
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かげふみ 56

ジジイはいまや、マスコミに引っ張りだこであった。
その毒舌と潔さ、そしてどことなく漂う哀愁。
 
「すべての罪は、わしにある。」
そう告白して、当時の館の状況を語るジジイに、人々は誠実さを感じた。
 
 
ジジイが注目を集めている間に
長老会の調査は、いとも簡単に終わった。
 
「結局、館の存在を公にして、クリスタル州を糾弾し
 鉱山の利権を、州から国に移そうという企みでした。
 現・州知事が、国会進出の手土産にしようと目論んだようですね。」
 
「ふうむ、クリスタル選出の現・国会議員は鉄板の票田を誇るから
 引きずり降ろすには、相当のネタがないと無理だからなあ。」
 
「そうとわかったら、作戦はおのずと決まりますよね。」
「ええ。 売国奴ならぬ売州奴だと突き上げれば良いだけですよ。」
「現・国会議員も、協力してくれる事でしょーう。」
 
 
長老会の若いメンバーの話し合いを聞いていた古参メンバーたちは
しみじみとうなずきあった。
「時代は変わったな。」
「彼らは筋肉痛すら起こさずに敵を倒すのだろうな。」
 
そんな沈んだ空気の中、将軍がいさましく言った。
「今は戦争も、ボタンをポチポチで済みますが
 敵の意欲を削ぐのは、やはり兵を行かせるのが一番なのですよ。」
 
「生きた人間が一番衝撃を与えるのか。」
「ええ、我々の生き証人も正に今、人々に衝撃を与えていますしね。」
 
 
実際、思わぬ伏兵の連続に州知事側は焦っていた。
主、ジジイ、グリス、禁断の館の蓋を開けてみたら
魅力あふれる人物が次々に飛び出してきたのである。
 
そして街の名士たちの、次々の鮮やかなる辞任。
私欲に溺れたわけではないのにそこまでせずとも、との声が上がる。
 
とどめが、リオンの “責任” を取っての市議会議員辞職。
一個人という身分になって、州知事を弾劾している。
その煽動をクリスタル州立新聞が引き受け
州知事が国政への足がかりに州を裏切った、と報道し始めた。
 
 
鉱山は今でもクリスタル州の財源なのは、州民も周知している。
そしてクリスタル州民は排他的である。
自分たちの事は自分たちで決める、という意識が強い。
 
そんな州民たちも、よそものとは言え
館のために尽くしてきた者たちには、同情的であった。
世論は、州知事リコールへと動き出した。
 
 
勝敗は、誰の目にも明らかとなった。
野心を暴かれ、州知事は辞任した。
館は温情をもって、国中に徐々に受け入れられ
その関係者は尊厳を失わなかった。
 
面倒ではあったが、終わってみればラクな戦いであった。
まるで浄化の一環として、プログラムされていたように事は進んだ。
 
 
不思議な事に、今まで館の敵は全滅している。
禁忌の場所にはやはり手をつけてはいけない、という事らしい。
 
 
 続く 
 
 
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かげふみ 55

州議会では、館への追求は控えられた。
館の収支報告書を読み、予算を決めているのは州議会なので
州の議員なら、全員が館の事を知っていて当たり前だからである。
 
そもそも、長老会が世襲制になったのも
当時の州の富裕層が、“高貴なる義務” として
寄付と運営の担当を押し付けられたものである。
彼らは、その伝統を受け継いで守っているに過ぎない。
 
だから州議会では、事を荒立てるつもりはなかった。
館が更生して社会に溶け込めるのなら、それに越した事はない。
なのに州知事だけが、館を潰すと息巻いている。
 
 
「館が邪魔になる理由とは何でしょう?」
「うーむ・・・。」
長老会メンバーたちは、頭をひねった。
 
「あの、ちょっと質問なんですが・・・。」
手を上げたのはグリスであった。
「何ですか?」
 
「館の近所の鉱山は、どこの管轄なんですか?」
「あそこはシティの管轄だが、それがどうかしたかね?」
 
「村の人が言ってたんですけど
 偉そうな人たちが来て、村の食堂で食事をして帰ったそうなんです。
 それが、クリスタル州のなまりじゃなかった
 どうも首都あたりから鉱山を見に来てたようだ、と。」
 
 
この話に、将軍の眉間がシワを寄せた。
「それはいつ頃の話だね?」
「えー・・・、主様の死後なのは確かですが・・・。」
 
「鉱山が狙いなんでしょうかね?」
「いや、あの鉱山は今も採掘はしているが
 一時期に比べて、そう採算が取れるとも思えんものだぞ。」
「でも妙に引っ掛かるものがありますよね・・・。」
 
「とにかく、調べてみましょうか。」
「何の手掛かりもないですからね。」
 
 
「じゃあ、わしは本を出版するぞ。」
ジジイがやおら立ち上がった。
 
「もうですか?」
「うむ。 主が信条にしていた、“先手先手” じゃ。
 わしが矢面に立っとる間に、調査を済ませてくれ。」
 
「そうしましょう。
 敵に対して、ひとつずつ順番にやっていくほど
 我々も親切ではありませんからね。」
「じゃあ、わしら古参たちは矢面準備じゃな。
 実際に動くのは次世代諸君に任せるぞ。」
 
 
白髪のメンバーの言葉に、他の年寄りメンバーたちが嘆いた。
「処刑待機とは、寂しいもんですな。」
 
「武士道は桜のごとし、じゃと。」
ジジイが穏やかな目で語り始めた。
 
「桜という木の花は、ジワジワと咲き始めて
 気付いた時には満開を過ぎて、既に散り始めてしまっている。
 しかし、その一瞬で終わる散り様だからこそ
 より一層に美しいのだそうじゃ。
 人間そう生きたいものだ、と主は言っておった。」
 
「ううむ、ザツなようでいて、時々繊細な事を言いますね、主は。」
長老たちが、唸る。
 
 
「主様は、常に己にしか
 やいばを向けていらっしゃらなかったのだと思います。」
グリスの言葉に、皆が驚く。
「あれでかね!」
 
「はい。
 私たちは、みね打ちをされていただけだと・・・。
 だから、その刃の繊細さに気付かなかったんだと思います。」
 
ジジイの言葉にもグリスの言葉にも
納得させられるような、違うような
そんな複雑な気持ちで、メンバーたちは考え込んでしまった。
 
“みね打ち” で骨が砕ける事もあるとは
日本人ではない彼らは知らない、衝撃の事実。
 
 
「では、散る準備をするか。」
よっこいしょ、と古参メンバーたちは腰を上げた。
 
「終わりを見据えるというのは、辛いものだな。」
 
 
 続く 
 
 
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かげふみ 54

「館はクリスタル州の善意であると同時に、恥部でしーた。
 我々の祖先は、元犯罪者を保護しようとしましーたが
 結局は手に負えず、放置してしまう結果になったのでーす。」
 
リオンは州議会に呼ばれて、“説明” をしていた。
館の広報活動で、全国にその存在が徐々に知られ始め
州としても無視は出来なくなったのである。
 
 
あの日の長老会議の後、グリスは館で説明をした。
住人だけじゃなく村人も一同に講堂に集め
主のインタビュー映像を見せた。
 
「主様は、志半ばで亡くなったと思っていらっしゃるようです。
 ぼくに “皆さんの事を頼む” と、おっしゃっていたからです。
 しかし、主様の改革は達成していた、とぼくは思います。
 この館と皆さんを見れば、それは一目瞭然です。」
 
演説慣れをしていないため、紙を見ながら一生懸命に喋るグリスが
皆の目には逆に誠実に映った。
 
 
「館はこれから、国に認めてもらわなければなりません。
 生まれ変わったぼくたちを、社会に受け入れてもらうのです。
 ぼくはそれを主様に託されました。
 『この館の過去の罪は全部、私が墓まで持っていくから
 私が死んだあ・・・と・・・に・・・』」
 
ここまで言うと、グリスは涙が溢れ言葉に詰まった。
「管理様、頑張って。」
住人から声が飛ぶ。
 
グリスは、ちょっと微笑んで涙を拭った。
「すみません、いつまで経ってもメソメソして・・・。」
「わかるよ、俺らだって毎日悲しんでるよ。」
 
住人たちも涙を拭う。
集団心理というのは、感情を暴走させやすいが
この場合は、それが管理側にとってはありがたい流れである。
 
 
「ぼくは・・・、ぼくは皆さんのために生きるよう
 主様に育てられました。
 その使命を、力の限り果たしていくつもりです。
 どうか皆さん、ご協力をお願いいたします。」
 
「私らは何をすれば良いんですか?」
住人のひとりが質問をした。
 
「いつも通りで良いんです。
 ただこれから、館が知られるにつれて
 訪問者や観光客が増えると予想されます。
 その方々に、ぼくたちの今の姿を誤解なく知ってもらうよう
 案内や説明などをお願いしたいのです。」
 
 
「館にも売店を作ったら良いんじゃないか?」
住人の意見に、グリスがパッとほころんだ。
「ああ、それは良い考えですね。
 早速、事務部にかけ合ってみます、ありがとうございます。」
 
「希望者で案内係を募ればどうだろう?」
「喫茶室のようなものも必要じゃないかねえ。」
「講堂でずっと主様の映像を流すのは?」
「玄関ホールに主様のお写真を飾るべきだよ。」
「村に宿泊施設を充実させてほしいのお。」
「南側の道を整備しないと。」
 
住人や村人からは、次々に案が出される。
グリスはそれをひとつひとつ手元の紙に書いていく。
 
 
「皆さん、本当にありがとうございます。
 これらの提案を、長老会議で申し出てみます。
 主様は、皆さんを誇りに思っていらっしゃると思います。
 ぼくも皆さんと一緒にいられる事が、本当に嬉しいです。
 どうかこれからも、未熟なぼくを助けてください。」
 
たどたどしい言葉で、情けない〆をするグリスに
住人たちは保護欲をかきたてられた。
 
 
主が揺るぎない信念で押さえつけて、成した改革が
今度は住人たちによる、“管理者を守ろう” という
意識によって支えられる。
 
主の後を追って追って、主にはなれない、と絶望してきたグリスだが
実は彼は、主にはない武器を持っていたのである。
 
無意識なゆえに、その武器は一層研ぎ澄まされていた。
その威力が通用しなかったのは、主のみであっただけの事。
 
 
 続く 
 
 
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