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殿のご自慢 48

ここ数日、伊吹は城で寝泊りをしていた。
青葉は “病” とかで登城して来ない。
城の人々は、青葉の
新しい “師” の 噂をしている。

「まったく、この城の者は他人の噂が
余程好きと見える。」
高雄の寝支度を整える安宅が言う。
「稀にみる麗人ゆえ
いたしかたないでしょう。」

青馬鹿姫か・・・
どこまで邪魔なのか・・・。
高雄は苦々しげに思った。

勝力は使える男である。
腕が立つ上に知恵も回る。
味方に付けておきたい人材だ。
まさかあいつが
青馬鹿姫に惚れていたとは。

 

ふと安宅に問う。

「おまえも青馬鹿姫が好きか?」
「嫌いになる理由がございませぬ。」
「馬鹿なくせに傲慢な女なのにか?」
「あのお方は、それも
魅力のひとつでございましょう。」

安宅が注いだ酒をひとくち含みながら
考え込む高雄。

「高雄さま、忠心より
言いにくい事を申します。
伊吹さまとのご友情は
存じ上げておりますが
今後の八島では青葉姫さまの方が
重要な立場になってくると思います。
お嫌いになるのは
得策ではないと・・・。」

 

高雄は無言で杯の中の酒を見つめる。
その小さな水面に
自分の目が映っている。

確かに千早家を背負う身としては
感情に流されるべきではない。
大殿は明らかに
青馬鹿姫を気に入っている。

だが、私にはあの女に
とてつもない嫌悪感がある。
龍田家の善良な人々の中でも
あの女の異質な雰囲気は浮いていた。
何故あの女の邪悪さを
皆がわからぬのか・・・。

高雄は立ち上がった。
「伊吹のところへ行く。」

伊吹はまだ起きていた。
灯りもつけず、窓の桟に肘を付いて
星を眺めている。

「傷心の風情だな。」
高雄が酒瓶を持って目の前に座る。
「・・・傷付いているのは青葉の方だ。
青葉が伏せっているのは
俺が殺しかけたからだ。」

その言葉には、さすがの高雄も
息を呑んだ。
「・・・本気でか?」
「わからぬ。
気が付いたら青葉の首を絞めていた。」

伊吹のこういう様子を見るのは
何度目であろう。
青葉が現れるまでの伊吹は
皆に信頼され好かれる
明るく爽やかな武士であった。

なのに今は、国一番の美女をめとった
幸運な男として
城の者の羨みや妬みの渦中にいる。

八島の殿も、最初は確かに
伊吹に温情をかけていた。
だがそれもいまや、伊吹の嫉妬心を煽って
遊んでいるかのようである。
まるで八島の殿が
伊吹に嫉妬をしているかのごとく。

「もう別れるか?」
「無理だ。」
「では殺すか?」
「無理だ。」
「どうしたい?」
「無理な事だ。」

高雄は酒を注いだ杯を伊吹に握らせた。
「眠れているか?」
伊吹は答えない。
「飲め。」

杯を一気にあおる伊吹に
酌をしながら高雄は案じた。
伊吹の心から
どんどん余裕が失せてきている。

青馬鹿姫が死のうがどうしようが
どうでも良いが
伊吹が破滅するのは何としても止めたい。
どうしたものだろうか・・・。

酔い潰れて床に転がる伊吹の乱れた髪を
手持ち無沙汰に整える、
高雄の細く長い指。

美しい三角を作れたのは
私たちが餓鬼だったからだ。
いや、餓鬼の私たちを
乾行が上手く導いてくれた。

私たちは他の何の事も考えずに
真っ直ぐに前に向かって
武器を振るえば良いだけであった。
だが、伊吹が
私たち以外を見つけてしまった。

高雄は窓の下に広がる闇を見る。
私たちには考えるべき事が沢山ある。
家、いくさ、政り事、この国の行く末。

3人で遊んでいられる時期には
必ず終わりが来る。
それはわかっていた。
だが伊吹は女に翻弄され
乾行は殺された。

私たちの三角が
このような最期を迎えるなど
思ってもみなかった。

伊吹の寝息が聞こえる。

いいや、まだ最期ではない。
高雄は伊吹にそっと布団を掛けた。

 

続く

 

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殿のご自慢 47

血まみれになって帰った青葉を
使用人たちが悲鳴で出迎える。
その、ヒイイイイイイイッ
という叫び声を塀の外で聞き
勝力は吹き出した。
憧れのお姫さまは予想外に猪だった、と。

・・・いや、予想外でもないかな
最初からそうだったな。
勝力は思い出を廻らせる。

 

勝力が青葉を初めて見たのは
山城の仇討ち戦であった。
あの時に、八島の殿に物見を命じられ
密かに龍田軍に足軽として潜り込んだのは
この勝力であった。

子供が腕を振り回すような
そんな戦いしか出来ないのに
恐がりながらも前へ前へと進む
青葉の泣き顔が、強烈に脳裏に刻まれた。

あの時の姫さまは、恐怖と怒りで
鬼の形相だった。
俺は般若の面の美しさを
それで知ったのだ。

 

それから近付く機会は中々なかったが
乾行の葬儀で再び青葉の涙に出会う。
そして今日の武具庫前。

見る度に、人目もはばからずに
平気で泣いている姫に、勝力は心酔した。
般若と無邪気な子供を身の内に持つ
美しい女。

 

高雄さまは青葉姫さまをお嫌いだし
乾行どのも敷島どのとも親しくない。
乾行どのの死は、正直俺に取っては
邪魔者が消えてくれた、
・・・喜ばしい出来事だな。

勝力に青葉をどうこうしようとまでの
下心はなかったが
“側にいて都合の良いところだけは
享受したい” という心情は
奇しくも乾行と同じであった。

いや、自分に近付く男は
全員自分に惚れている
と、普通に受け取る青葉にとっては
勝力のこの気持ちは
奇しくでも珍しくもなかった。

 

「乾行さまがお通いになってらっしゃった
お店だと思うのです。」
「は、はあ・・・。」

使用人に “乾行の女” の
居場所を探すよう
青葉が命じているところに
伊吹がズカズカと歩いてきた。

「あ、伊吹さま、けんこ・・・」
言い掛ける青葉の衿を掴み
壁に押し付ける伊吹。
ダンッと大きい音がして
使用人は青ざめて席を外した。

「新しい師が出来たそうだな?」
「勝力の事なら・・・」
「呼び捨てか? 出来たのは下僕か?」

 

「乾行の赤槍の試し斬りは
上々だったそうだのお。」
「はい、悪漢5人を
軽く斬り捨てておられました。」
「おお、見てみたかったのお
はっはっはっはっ」
八島の殿が大声で笑う前で
勝力は誇らしげであった。

乾行だから許した。
いや、乾行ですら
許せなかったものを・・・。
伊吹は震える手を隠すように握り締めた。

 

やきもちは愛されている証し
などと悠長に考える青葉は
伊吹の目の色を読み誤った。

「伊吹さま、わたくしの周囲の
殿方の事をお気になさるのは
きりがない事と思います。
わたくしにはあなただけなのです。
それで良いではございませんか。」

その瞬間、伊吹が違う生き物に見えた。
首を絞められた青葉の意識が薄れていく。

使用人から知らせを受けて
駆けつけた如月が止めに入ってくれた後
青葉は伊吹の足元に崩れ落ちた。

 

目覚めた時は布団の中であった。
「伊吹さまは?」
起き上がろうとする青葉を
如月が止める。

青葉の喉は枯れ
目は毛細血管が切れて真っ赤であった。
伊吹は本気で青葉を
殺そうとしたのである。

 

「青葉さま、あまり殿方を
甘く見られないよう・・・。」
如月が心配そうに言う。

「大殿さまに逆らっても首が飛ぶのです。
でしたら、伊吹さまに殺されたいわ。」

青葉はそれを武家の娘として
当然の心構えだと思っていたが
如月は涙をこぼした。

お可哀想に・・・。

 

続く

 

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殿のご自慢 46

「け・・んこう・・・?」
腰を抜かしていた女がつぶやく。

「あ、ごめんなさい、ご無事ですか?」
馬を降りて、青葉が
女性のところに膝を付く。

 

後ろでカサッと草を踏む音がする。
まだ残党がいたのですか
青葉が振り向きざまに槍を振る。

キィン

受け止めたのは
鞘から3寸しか抜いていない刀。
ニヤニヤする勝力に
熱が冷めない青葉が向かう。

「ひ、姫さま!」
慌てながらも、余裕で青葉の突きをかわし
鞘に入ったままの刀を
青葉の眉間で寸止めする。

 

わたくしは決して強くはない。
だけど、そのようなわたくしでもわかる。
このお方は相当な腕前だわ。

強張った表情を崩さない青葉の目を
見据えながら
用心深く、その手の槍を押さえる。
「姫さま、お顔に似合わず
凶暴でいらっしゃいますな。」

青葉はヘタり込んだ。
先程の5人を斬った興奮が静まらない。

 

「悪人なら楽しく斬って良いんですよ。」
その囁きに、気付いたら頬を叩いていた。
あの槍をかわせる勝力が
大人しく殴られている。

「ごめ・・・」
「それがしに謝る必要はないんですよ。」

違う、これは八つ当たりだ。
わたくしの中で
何かが変わっていっている・・・。
青葉は血に濡れた赤槍を見て
愕然とした。

 

「このお姫さまの方が大丈夫?」
ようやく立てるようになった女が
青葉を覗き込む。

「あ、ごめんなさい。」
青葉は着ていた上掛けを脱いで
女性の肩に掛ける。
「血で汚れているけど
我慢してくださいね。」

「とんでもない
こんな高価なお着物をもったいない。」
「よろしいのです。
送りますから
おうちを教えてくださいな。」

女は完全に落ち着いたようだ。
「こういう事なんざ、あたしらにとっちゃ
日常茶飯事ですから、お気になさらず。
こんなとこを、女ひとりで
歩いていたのが悪いんですから。」

「でも・・・。」
なおも心配する青葉に、女は言った。
「あんた、青葉姫さまでしょう?」

「え、ええ。
どこかでお会いしましたかしら?」
「ううん、乾行さまに聞いていたから
知ってるだけ。」
思わぬ人物の口から乾行の名が出て
驚く青葉。

 

「近くで見ると、恐いぐらいの美人だね。
こりゃ敵わないわ。」
「乾行さまとお知り合いですか?」

状況が飲み込めない青葉が懸命に訊くのを
勝力が止める。
「相手しちゃ駄目ですよ。
ありゃ、遊び女(あそびめ)ですよ。」

その言葉に女が怒る。
「違うよ! 失礼だね。
あたしゃ、乾行さまの女だよ!」

 

「こんな高価な着物を着て戻ったら
盗んだと誤解されちまう。」
青葉の手に着物を押し付け
女はさっさと歩いて行く。

「あ、礼は言っとかないとね。
助けてくれて、ありがとね。」

 

返された着物を取って着せてくれる勝力に
青葉が嬉しそうに言う。
「乾行さまの恋人って事ですのよね?」

だから、あんた、敵視されてるんだって
気付いてくださいよ。

勝力が内心、呆れる。

 

続く

 

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殿のご自慢 45

「いつから始めますかな?
それがしは今日からでも構いませんぞ。」

思いがけずに降って湧いた、
青葉との接触の機会。
それも八島の殿の “命令” に
勝力は浮き浮きしていた。

軽い男ね・・・、青葉は少しイラ立った。
「今日は駄目です。
これから槍・・・のお礼に
乾行さまのお・・・墓に
お参りしたいのです。」

また涙が溢れてくる。
すっかり泣き癖が付いているようで
困った事ですこと。
青葉はグイと無造作に涙を拭った。

 

「では、それがしも
護衛で付いて参りましょう。」
青葉は即答した。
「いえ、ひとりで行きたいのです。」

勝力はしつこくしなかった。
代わりに馬や花の手配を
テキパキとしてくれた。
その手際の良さに驚く青葉に
勝力はニッと笑う。
「武闘派だと思われがちですが
それがしは文武両道なのですよ。」

 

墓所は町の外れの寺にある。
乾行の墓には、煙を上げる線香が
置かれていた。
つい先ほど誰かお参りなさったようね。

自分も花を添え、しゃがんで手を合わせる。
わたくしも、いつ天命が尽きるか
わかりませぬけど
姉上や乾行さまが先にいらっしゃると思うと
恐くありませぬ。

姉上も美人だから
きっと乾行さまはお喜びですわね。
クスッと笑う青葉。

 

帰りは少し遠回りをして
草原の方へと向かった。
横座りをして、青葉は馬を飛ばす。
肩の下まで伸びた髪が風になびく。

まだ少しの時しか経っていないのに
こうやって馬を走らせるのが
随分久しぶりに思える。

わたくしはすっかり
お転婆になってしまったのかしら。
青空に向けて、スウと息をする。
こんなにも世界は広かったのですね。

馬上で気持ち良さそうに空を仰ぐ。
ああ・・・、これでまた頑張れますわ。

 

その時、遠くで何かが聞こえた気がした。
注意深く見ると
草むらを数人の男が走っている。

「誰か!」
女の声に、駆け寄る青葉。

 

行ってみると、女が男たちに追われていた。
「お待ちなさい!」

青葉の言葉に振り向いた男たちが喜ぶ。
「おおっ、これは
ものすげえ美人じゃねえか。」
「おい、待て、あの格好は
良いとこのお嬢さまだぜ。」
「良いとこのお嬢なら、余計に好都合だぜ。
恥を恐れるから
口止め料もはずんでくれるさ。」

男たちの言葉に、青葉の怒髪は天を突く。
「なるほど、下衆なお方たちですのね。
試し斬りにはちょうど良いですわ。」

槍の包みをほどく。
日光を反射して槍の刃が輝く。

 

「槍は技術がないと接近戦は不利
馬上から振り下ろす事。」
「右利きなら、常に馬を左回りに動かし
死角を潰す事。」
「多人数を相手にする時は
まず全員に傷を与えて動きを鈍らせ
全体を見つつ、無理をせずに
ひとりひとり仕留めていく事。」

乾行の教えを忠実に実行して行く青葉。
赤槍は、初めて使うとは思えないほど
手に馴染んでいる。

 

高価な着物をちゅうちょなく血で汚し
男5人を余裕で倒した青葉は
槍に愛おしそうに抱き締めた。

「乾行さま、ありがとう・・・。」

 

続く

 

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殿のご自慢 44

いつもの日々は、戻りそうで戻らない。

伊吹はどんどん無口になっていく。
青葉は槍の稽古も出来なくなり
家に篭もるしかなくなった。

 

そんな青葉に、また
八島の殿から呼び出しが来る。
恐る恐る登城した青葉の目の前に
赤い柄の美しい槍が置かれた。

「それはな、そちのために
腕のある槍職人に
乾行が特別に注文したものだそうだ。
今日、届いた。」

青葉は思わぬ贈り物に
我を忘れて八島の殿に詰め寄った。
「これを作った職人はどこにおりますの?」

「まだ、外にいると思うぞ。
武具庫の槍の点検を依頼したでな。」

八島の殿が言い終わらない内に
青葉は部屋を走り出る。
「やれやれ、あやつは少し
無礼が過ぎるぞ。」
言いながらも、八島の殿も腰を上げる。

 

突然現れた壮絶な美女に
槍職人は面食らった。
思わず、地面にひれ伏す。

だが瞬時に “あのお方”
だとわかった。
絶世の美女ながら、騎馬武将に任命され
泣きながらいくさ場に立つ
乾行さまの想い人。

「これを頼む時に、乾行さまは
何とおっしゃってましたか?」
手に持つのは、自分が作ったあの真紅の槍。

 

「は・・・はい、非力で弱い
女性用の軽い槍をと。
技術はないけれど
誰よりもその場を支配する力があるので
それにふさわしく、凝った花細工で
赤く美しい仕上げをしてくれ、と。」

「乾行さま・・・」
青葉は槍を抱き絞めて、また泣き始めた。
この数日で何度泣いたのか
もう覚えてもいない。

 

槍職人がひざまずいたまま
オロオロする横から
水と手拭いがヌッと差し出される。
見ると、勝力であった。

「か、勝力さま・・・。」
槍職人は助け舟だと感じ、ホッとした。

「いやあ、美人の泣き顔は
何度拝見してもよろしいですな。」
その言葉に青葉はムッとして
ツンと横を向く。

 

「おお、ちょうど良い。」
遠くで見ていた八島の殿が出て来た。
「勝力は乾行の跡を引き継ぎ
槍大将になってもらうのだ。」

その言葉に、青葉は意外そうな表情をした。
「おや? 単なる小者とお思いでしたか?」
ニヤニヤする勝力。

「勝力はこう見えても
伊吹と張る腕前なのだぞ。
そちも師がいなくなって不便じゃろう。
勝力に槍を習うが良い。」

 

勝力の事は嫌いではない。
でも乾行さまの居た場所が
次々に塗り替えられていく・・・。

沈む青葉の肩を、八島の殿はポンポン叩く。
「そういうもんじゃよ。」

また・・・。
青葉は八島の殿に
心を見透かされている気分になった。
本人は気付いていないが
そういう時の青葉はふくれっ面になる。

 

あれじゃあ、誰にでも丸分かりじゃな、ふふ
八島の殿は、上機嫌で
部屋へと戻って行った。

 

続く

 

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殿のご自慢 43

乾行の葬儀は、盛大に行なわれた。

いつもならば、こういう時の仕切りは
高雄に任されるのだが
今回は見るも無残に憔悴しきっていて
動く事すら出来ない。
それは伊吹も同じであった。

青葉は伊吹の隣に座って
ただうつむいていた。

本当は素直に悲しみたいのだが
それ以上の深い悲しみに
呆然としている高雄と伊吹の側で
自分などが感情を出すのは
失礼な気がするのだ。

 

だが少し目を上げると
そこに乾行が横たわっている。

乾行さまとのあの楽しい日々も
もう二度とないのですのね・・・
うっかりそう思ってしまった途端
涙が溢れてきた。

堪えようとするけど
抗えば抗うほどに膨れ上がるのが感情。
青葉はつい声を漏らしてしまった。
「うっ・・・」

 

袖で顔を覆って、体を震わせている青葉を
伊吹は慰める事が出来なかった。
その理由すら確かめたくない。

侍女が来て、青葉を別室に連れて行く。
フラつく青葉を
廊下近くに座っていた男が支えた。
青葉は、ふたりに抱えられるようにして
退出した。

 

「姫に水を。」
男が侍女に言いつけた。
部屋にはふたりきりである。

が、青葉は泣きじゃくり始めた。
ようやく気がねなく
悲しみを開放できるのだ。
側にひとりふたり、人がいようが構わない。

 

侍女が水を持ってきた。
それを飲まされ
涙でグチャグチャになった顔を
濡らした手拭いで拭かれ
髪を櫛 (くし) ですかれている内に
ようやく落ち着いてきた。

大きな吐息をもらし
ボンヤリと畳の目を眺めていたら
聞き覚えのない男の声がした。
「だいぶ、おぐしが伸びましたな。」

ギョッとして声の方を見ると、見知らぬ男が座っている。
「あなたは・・・?」

青葉の問いに、侍女が答えた。
「姫さまをお連れして来て
いただいたのですよ。」
「そうでしたか。
それはどうも
お手数をおかけいたしました。」

 

青葉のお辞儀にも、男は青葉を見つめたまま
帰る気配がない。
少し睨むと、男はお辞儀を返した。

「これは失礼。
それがしは
お美しい青葉姫さまの信奉者でしてな。
名を勝力 (かつりき) と申す、
しがない小大名ですが
姫さまの御為なら
命も惜しまぬ所存にございます。
どうか、お見知りおきくだされ。」

図々しく自己紹介をする男を
青葉は不躾に見た。
濃い顔なのに、乾行さまに少し似てる
そう思ったのは
歳の頃とガッチリした体格のせいか。

 

「勝力さま」
「いやいや、それがしなんぞ
呼び捨てにしてくださいませ。」
「そういう序列でございますか?」

率直に訊く青葉に、勝力はニッと笑った。
「ええ。 それがしには敬語も結構。」
「わかりました。
勝力、覚えておきましょう。」

勝力は再び頭を下げた。
「ははっ、ありがたき幸せ。」

 

勝力が退出した後、侍女に確認をする。
「如月 (きさらぎ)
本当にあれで良いの?」

この如月という侍女は
龍田から青葉に付いてきた女で
いくさの方に忙しい青葉に代わって
家の切り盛りをしつつ
一通りの城内の人員把握もしていた。

「姫さまおひとりなら
確かにそうでしょうけども
敷島家の奥方という意味で考えたら
あちらが上でしょうね。」

と言う事は、あの人は
伊吹さまを認めていない、という事?
青葉の心の中の疑問に答えるかのように
如月は続けた。

「確かに弱小ですけれど
歴史はある家のようですわ。
高雄さまと少し
仲がよろしかったと思います。」

 

あの、私を蛇蝎 (だかつ) のごとく
嫌う高雄さまと仲のよろしいお方が
私を好むものかしら?

ああ、でも伊吹さまも乾行さまも
私をお好きですし
そう、不思議でもないですわね。

何のちゅうちょもなく、そう思う青葉。

 

続く

 

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殿のご自慢 42

八島の殿は茶を点てていた。

「おお、青葉姫
こたびの活躍は見事であった。
こちらへ座って一服付き合ってくれぬか。」
青葉は一瞬苛だったが
とりあえず大人しく座った。

 

座っていると
あたりが妙に静かな事に気付く。
そう言えば、案内されて無我夢中で来たけど
ここは大殿さまの個人の区画。
城の中でも奥まった
人がいないところなのね。

静寂の中で
青葉の五感が研ぎ澄まされていく。
お湯がシュンシュンと沸く音がする。

 

「わしが悲しんでいないと思うかね?」
青葉はその言葉にムッとした。

「・・・卑怯でございますわ。
このように頭を冷やされたら
大殿さまの気持ちまで
わかってしまいます。」

八島の殿は、ニヤリと笑った。
「そう。
わしがそちを好きなのは
そういうとこなのじゃよ。」

八島の殿が、釜に差し水をする。
「人はその面 (おもて) の美しさに
魅入られるが
そちの真の魅力は、その美しい毒にある。」

 

「毒・・・?」
青葉は八島の殿の言葉の意味がわからず、
侮辱された気分になった。

「おや、冷えた頭がまた沸騰してきたかね?
山出しの手習いじゃが、まあ飲んでくれ。」

差し出されたお茶を飲んだ青葉は
溜め息を付いた。
「結構なお服加減で・・・。」

 

青葉は言葉を途中で止めて、しばらく黙り込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・
本当に美味しゅうございました・・・。
はあ・・・
怒らせられたり、落ち着かされたり
これでは、わたくしが
馬鹿みたいでございますわ・・・。」

八島の殿はあぐらをかいた膝に肘を乗せ
その手で頬杖をつきながら、
無言でニヤニヤするだけであった。

 

何気なく庭を見ると
こじんまりとした中庭に
計算された木や石の配置がなされている。
あら・・・、大殿さまは意外に
繊細なご趣味をお持ちなのですのね。

無言で木の葉を眺めていると、
涙がポロポロとこぼれてくる。
「乾行さまは、わたくしの
師でいらっしゃいました。
仇を討ちとうございます。」

「皆、そうよ。
あやつに敵はおらなんだ。
あの自由さに憧れこそすれど
嫌う気にはなれぬ。」

ああ、そうでございますわ・・・
わたくしよりも皆さん、
長いお付き合いでらっしゃいますものね。

「そうでございました・・・。
わたくし、出しゃばり過ぎました・・・。
諌めて (いさめて) いただき
ありがとうございます。」
青葉は深々と頭を下げた。

 

退出しようとする青葉に
八島の殿が声を掛ける。
「姫よ、乾行の仇はいずれ
そちに取らせよう。
今はただ、その死を悼め(いため)。」

いずれ?
という事は、大殿さまは
すぐには動いてくださらないの?
槍大将のひとりが殺されたというのに?

 

八島の殿の顔を伺うと、
そっぽを向いたまま行け行けと手を払う。
青葉姫は再びお辞儀をして、部屋を出た。

この問題は、あまり考えない方が
良いのかも知れない・・・。

それはただの勘であった。

 

続く

 

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殿のご自慢 41

高雄の軍が着いた時には
味方はもう数兵しか残っていなかった。

だが、よくぞここまで持ちこたえた、
さすが乾行。
高雄はホッとした。

「おまえたち、よくぞ頑張ってくれた!
もう安心して良い。
敵は我らに任せよ。」

 

とは言うものの、高雄の軍を見た途端、
敵兵らは退却をしていた。
相手の素性がわからぬままの深追いは禁物だ。
高雄は追うのを止める。

残った兵の中に乾行がいない。
「乾行はどこだ?」

 

奇襲ゆえの混戦で
誰も乾行の行方を把握していない。
高雄は体中の毛がゾワッと逆立った。

まさか・・・・・・・・

死んだ武将は首を獲られる。
だが今回は “いくさ” ではない。
乾行はどこかに “いる” はず。

 

「乾行!!!」
大声で叫ぶも返事はない。

高雄は馬を降り
ぬかるみの中を歩き回った。
この悪路ゆえに・・・?
いや、乾行はいる、絶対にいる!!!

「乾行、どこだ、返事をしろ、馬鹿者!」
転がる泥まみれの死体を
ひとつひとつ見て行く。

こんなとこにいるはずがない
乾行がこんな奴らのところにいるはずがない
なのに何故私はここを探すのだ?

 

高雄の手が止まった。

ゆっくりと膝を付く。
覆い被さるように抱き締めた乾行の体は
まだ温かかった。

「おまえの居場所なんかいつでも探してやる、
と言っただろう。
こんなところで何をしてるのだ
馬鹿野郎・・・。」

その純白の鎧と、麗しい面立ち
そして冷徹な言動ゆえに
兵たちに密かに “根雪さま” と
呼ばれている高雄が
泥まみれになるのも厭わず (いとわず)
人前で声を上げて泣いたのは
その人生で、最初で最後のこと。

 

凱旋した伊吹と青葉にも、
その知らせは寝耳に水であった。
ふたりとも、状況を理解できずに訊き直す。
それでもにわかには信じられず、
その目で確かめに走る。

乾行の遺体は清められて
布団に寝せられていた。
まるで眠っているかのようであった。

 

わあっ と泣き出したのは伊吹の方であった。
青葉は、そこらにいた者に詰め寄った。
「何故このような事になったのです?」

「は、はあ、生き残った者たちによると
野盗を討ちに向かう途中の谷の道で
急に大勢の敵兵が頭上から襲ってきて
それから乱戦になって
何が何やら、と・・・。」

兵?
野盗じゃなくて、“敵兵” ?

青葉は八島の殿のところへ向かった。
「大殿さまはどこにおわします?」

無鉄砲なのは、いつも女。

 

続く

 

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殿のご自慢 40

上達して “つまらなくなった” 青葉は
それでも士気を上げる道具として
吾妻家とのいくさには
必ずかり出されていた。

 

もう日が暮れる。
この分では、明日もいくさは激しいのでしょう。

陣に戻りながら北東の空を見上げた。
乾行さまは、山城家跡地の平定だと聞いた。

わたくしがいるから、伊吹さまはこちらに来ているけど
出来るのなら伊吹さまや、今回は城番の高雄さまと
一緒に戦場を伸び伸びとお駆けになりたいでしょうね。

それから溜め息を付いた。
さあ、わたくしはこれから酒盛りですわ。
何故いくさに来てまで、
宴を開かねばならないのかしら・・・。

 

「どうした? 疲れたのか?」
伊吹の声に我に返る。

少しだけ振り向いたら、もうそこには伊吹がいる。
双翼の陣がふたりの定番になってはいたが
戦いの最中以外は、伊吹は必ず青葉の側にいた。

周囲もそれをわかっていて、ふたりがどんなに離れていても
いくさが終わると、伊吹の場所から青葉へと
兵の群れが割れて道を作った。

伊吹はそこを通って、その先にいる青葉の元へと向かう。
血まみれの花を迎えに行くのだ。

 

「はい、少し・・・。」
青葉の言葉に、伊吹は馬を横に並べた。

「そうか、このいくさ、数日はかかるだろう。
そなたは今宵の宴は休め。
俺も顔を出したらすぐ戻る。」

「はい、ありがとうございます。」
青葉は伊吹の優しさに素直に甘えた。

 

最初は心配で心配で、目の前の敵よりも
遠くの青葉に意識がいっていた。
指の先ほどの大きさでも、
青葉が泣いているのがわかり
どんなに助けに向かいたかったか。

だが俺も槍大将。
持ち場を、兵を捨てられぬ。
その苦悩が加わり、前にも増して
いくさが苦痛でしょうがなかった。

それがこの頃の青葉は落ち着いている。
離れていても、こちらの兵にも影響を与えるほど
いくさ場の “流れ” を作れるようになった。

腕はまだまだだが、場の掴み方は天性のものであろう。
このまま育てば、良いいくさ人になりそうだな。
伊吹はそう感じたが、それは男であればの事。
男の才が女に備わっていても、
己を苦しめる材料でしかない。

 

青葉と伊吹が安定した戦いをしている時に
城番をしていた高雄に、一報が入る。
北東の地で反乱が起こったという。

馬鹿な!
あそこには今、乾行が行っている。

高雄は慌てて、青葉たちの近くにいる
八島の殿に早馬を出した。
八島の殿の返事は、“武運を祈る” であった。
これすなわち、“迎え撃て” という事。

 

乾行の軍は、最近そのあたりに
はびこっていた野盗の成敗を目的にしているだけで
いくさのつもりはないので、その準備はしていない。
“反乱” は予定外の動き。

それでも乾行なら、半農の兵の群れなどどうにか出来るはず。
だが、その乾行から援軍の要請が来ているのだ。

これはただごとではない!
そう感じた高雄は独断で兵を率いて、
乾行の元へと休みなく駆けた。

 

続く

 

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殿のご自慢 39

高雄の眉間にシワは寄らない。
心を探られないように、無表情を心掛けているからだ。

乾行が、ふたりは大丈夫なのか、と言ってきた。
ふん、あの無神経な青馬鹿姫のせいで、
大丈夫なわけがないだろう。

「男女の恋路に関してだったら、俺にも多少は役に立てるが
ふたりの苦労は政治に関わる事で、それは俺には無理だ。
おまえが助けになってやれよ。」

 

わかっておる。
あの青馬鹿姫を助けるなど不本意だが
伊吹の命運が懸かっているならば仕方がない。

しかしあの、地に足が付かぬ乾行にさえ心配されるなど
これはやはり、間違えた婚姻だな・・・。

私があの時に姫を捕らえなければ・・・
本来、そうした意味のない “もしも” は考えない高雄の脳裏に
一瞬でもそれがよぎったのは、後悔の大きさを表していた。

 

高雄は伊吹を探した。
主だった場所にはいなかったので、竹林に足を向ける。
伊吹は、岩に持たれて座っていた。

よお、と左手を上げる伊吹に、高雄はピンときた。
「ちょっと見せてみろ。」

伊吹の着物の衿をめくると、右肩が腫れ上がっている。
「・・・あの青馬鹿姫、自分の夫に容赦のない・・・。」
思わず口に出てしまった言葉を、伊吹は聞き逃さなかった。
「青馬鹿姫?」

「あ、いや、つい。」
珍しく、しどろもどろになる高雄に
伊吹は腹を抱えて、転げ回って笑った。

「あ・・・、あおばひめじゃなく、あおばかひめ?
あーっはははははは」

その大笑いを、高雄は不思議に思った。
何をおいても愛する女の悪口仇名を、ここまで笑えるか?

 

しばらく笑い転げていた伊吹だったが、急に笑うのを止めた。
だが、そのまま寝転がっている。

高雄は声を掛けようか迷った。
このように、伊吹らしくない伊吹は初めてだからである。

「・・・すまぬ。
俺にもどうして良いのかわからないのだ・・・。」
ようやく座り直した伊吹は、着物に付いた笹を掃う。

 

「おまえは青葉が嫌いなのだな?」
伊吹の質問に、高雄は嘘を付いた。
妻と親友が仲が悪いのは辛いことだ。

「いや、そのような事はないぞ。」
「そうか、それは良かった。」
ホッとする高雄に、伊吹が言う。

「おまえがそう言うという事は、本当に嫌いなのだな。
人の妻を好きだったら、嫌いな振りをする。」

 

「・・・・・・・・・・・」
高雄は観念した。

「ああ。 あの姫の事は大嫌いだ。
だが、おまえには幸せになってほしい。
だから “ふたりの幸せ” のための助力は惜しまぬぞ。」

 

「そうか・・・。
ありがとう。」
伊吹は背中を向けたまま振り向かない。
が、次の瞬間、信じられない言葉が高雄の耳に入ってきた。

「俺の妻を嫌いでいてくれて、ありがとう。」

 

伊吹は両手で顔を覆った。
「おまえが青葉を嫌いだという事が、俺はものすごく嬉しい。
青葉が大切なのに、愛しているのに
世界中から嫌われてほしいと願う気持ちがある。
俺は・・・、俺は・・・、
何故このように醜くなったのか・・・。」

高雄は後ろから伊吹を抱きしめた。
「伊吹、大丈夫だ、案じる必要はない。
初めての恋には狂うものだと乾行が言っていた。
だからおまえのその、わからない感情は一時的なものだ。
落ち着けば治まる。
おまえは何も変わってはいない、大丈夫だ!」

 

家だ身分だなど、失っても命さえあれば何とかなる。
その命も、失ったら終わり。
だが、“大事なもの” ほど恐いものはない。
手にしてしまったら、失う恐怖に囚われる。

それを知らない高雄には、伊吹の苦悩がわからなかった。
ただ “恋に狂う” 事に対する嫌悪感が出ただけであった。

 

“伊吹は弱くなってしまった”
高雄はそう思った。

 

続く

 

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